北朝鮮を揺るがす「デノミ大失策」のインパクト

平井久志
執筆者:平井久志 2010年3月号
カテゴリ: 国際 経済・ビジネス
エリア: 朝鮮半島

独裁国家がたった二カ月で施策の失敗を認めたのは前例がない。しかも、その施策に国家の浮沈を賭けていただけに――。

「私は、わが人民がまだトウモロコシ飯を食べていることに一番胸が痛む。今、私がやらねばならないことは世の中で最も立派なわが人民に白米を食べさせ、麦でつくったパンやククス(麺)を思いきり食べさせることだ。われわれみんなが首領(故金日成主席)の前で確認した誓いを守り、わが人民を、トウモロコシ飯を知らない人民として世の中に推し立てよう」
 北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は二月一日付の政論で、金正日総書記の言葉を紹介しながら、金総書記がいかに「人民の生活向上」に気を配っているかを強調した。
 北朝鮮では、昨年末の通貨交換・デノミに続く市場の閉鎖や外貨禁止などの経済措置で、国民は白米どころかトウモロコシ飯も手に入らなくなっている。
 そして、韓国の対北支援団体「良き友たち」によると、北朝鮮の金英逸首相は二月初めに平壌の人民文化宮殿で人民班班長を集め、昨年十一月三十日に実施した通貨交換とデノミの失敗を認めて明確に謝罪した。北朝鮮当局が政策実行後わずか二カ月で失敗を認めることは建国以来、前例がなく、独裁国家が国民に白旗を揚げた驚くべき「事件」であった。
 最大の原因は猛烈なインフレだ。コメ一キロの価格を例にとると、昨年十一月三十日は二千ウォン程度。通貨交換と100対1のデノミを行なったあとの十二月九日に公示価格を二十三ウォン(旧紙幣で二千三百ウォン)とした。しかし、「良き友たち」によると咸鏡北道清津では今年一月六日に百五十ウォンまで上昇。その後、当局の取り締まりで六十ウォンにまで下がったが、一月十五日には二百四十ウォン、二十一日には三百ウォン、二十二日には五百ウォンにまで急騰したという。
「良き友たち」は二月二日のニュースレターで餓死者の発生を報じた。
 また、脱北者でつくる「NK知識人連帯」によると、両江道の恵山市で市場の取り締まりをしていた保安要員と住民の間で争いが起き、住民が銃を奪って発砲、保安要員が重体に陥る事件があったという。
 政策の行き詰まりを決定的にしたのは、外貨の保有・使用の全面禁止だった。北当局は住民に密告を奨励したり、住居の捜索を行なうなど徹底的な取り締まりに出たようだが、これにより、ドルや中国の人民元で決済する中国商人たちは取引を手控え、中朝貿易を介した食糧の流入も激減していったのだ。

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執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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