“出過ぎた言動”で浮沈する北の対日担当「宋日昊」

執筆者:草壁五郎 2004年9月号
カテゴリ: 国際 外交・安全保障
エリア: 朝鮮半島 日本

 北朝鮮の現在の対日外交の現場の主役は、間違いなく宋日昊外務省第四局(日本局)副局長だ。粛清や失脚の多い北朝鮮の中でも、これほど浮き沈みの激しい人物も珍しい。その人柄は人間臭く、破滅的な側面があるが、それでも第一線で生き残っている。 一九五四年平壌市生まれといわれ、大学時代に日本語を専攻したとされるが、留学もしていないのに微妙なニュアンスまで使い分けるほどの流暢な日本語を操る。八五年六月に三十一歳の若さで朝日友好親善協会の常務委員を務め、党国際部の日本課長に。 最初に存在を示したのは九〇年の金丸信副総裁など自社両党代表団の訪朝の際だった。九一年、朝鮮労働党代表団(団長、金容淳党書記)の一員として訪日。それ以外にも日本をたびたび訪問し、日本政界とのパイプ作りに励んだ。 しかし、九一年一月から始まった日朝正常化交渉は九二年十一月の第八回交渉で「李恩恵」の拉致問題と核問題で対立、その後七年半にわたって中断する。 北朝鮮外交の主なターゲットが核問題、対米問題に向かったために宋氏の“活躍”の場は消失した。また、九四年の金日成主席死後、対日の窓口は党統一戦線部の外郭団体であるアジア太平洋平和委員会になり、宋氏の所属した党国際部の力は急速に弱まる。

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