政治をゼロから考える
政治をゼロから考える(8)

小沢一郎氏に見る「政治家のリーダーシップ」

宇野重規
執筆者:宇野重規 2012年10月20日
カテゴリ: 政治
エリア: 日本

質問 「政治家のリーダーシップとは何ですか」


 実は筆者は「政治家のリーダーシップ」論が好きではありません。もちろん、巷には「政治家にはビジョンが必要だ」、「やはり決断力だ」、「時代を先読みする洞察が」、「いやいや調整力も重要だ」といった議論がたくさんあります。どれもそれなりにもっともなのですが、何だかぴんとこないのです。
 ひとつには、これらの多くが、そのままタイトルを「ビジネスにおけるリーダーシップ」論に置き換えても、そのまま通用しそうな点がひっかかるのです。もしそうだとしたら、これらは別段「政治家の」と銘打つ必要はないということになります。あえて政治の世界においてリーダーシップを問うとすれば、そこに固有な何かを探る必要があります。
 もうひとつは、政治における「リーダーシップ」願望に、どこか危ういものを感じるからです。現在のぐちゃぐちゃした状況を、一挙に打開してくれる人はいないのか。そのような思いはよくわかるのですが、やはり政治とは面倒なものです。それを自分たちの力で1つひとつクリアすることが大事だし、何より人任せの発想は責任放棄にもつながります。

「豪腕」「壊し屋」毀誉褒貶の激しい政治家

 とはいえ、政治においてリーダーシップが不要だと主張するつもりはありません。民主政治においてもリーダーが必要だということは、古代ギリシアのアテナイにおいて、ペリクレスという優れた指導者がいたことからも明らかです。多様な意見を許容する民主政治だからこそ、それをまとめあげていく人々を必要とするのです。
 ここでは、つねにその「豪腕」が語られ、過去20年間にわたって日本政治の主役であり続けた小沢一郎氏をとりあげてみたいと思います。民主党離党後、一時はまったくメディアで報道されなくなった小沢氏ですが、最近再びその動静が注目されるようになっています(なぜでしょう。後ほど考えてみます)。
 もちろん小沢氏は毀誉褒貶の激しい政治家です。どちらかといえば、批判の方が多いでしょう。政党をつくっては壊し、またつくっては壊す。「政界の壊し屋」といわれることも珍しくありません(その分、「つくっている」方も評価しないと、公平ではありませんが)。その手法が強権的であるとか、秘密主義であると批判されることもしばしばです。
 が、ここでは、これらの点には触れません。むしろ筆者が関心をもつのは、仮にこのような批判があたっているとして、にもかかわらず、なぜ小沢氏が過去20年、つねに日本政治をリードする存在であり続けたのかということです。

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執筆者プロフィール
宇野重規
宇野重規 1967年生れ。1996年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。東京大学社会科学研究所教授。専攻は政治思想史、政治哲学。著書に『政治哲学へ―現代フランスとの対話』(東京大学出版会、渋沢・クローデル賞ルイ・ヴィトン特別賞)、『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社、サントリー学芸賞)、『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)、共編著に『希望学[1]』『希望学[4]』(ともに東京大学出版会)などがある。
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