中国のユダヤ人――歴史が培ったしなやかな交流

執筆者:浅井信雄 2004年7月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: 中国・台湾

 中国語と英語で書かれた『上海のユダヤ人』(上海で出版)という書物の中の写真二枚が私の目を引く。 一枚目は著名なユダヤ系中国人作家のイスラエル・エプシュタインが江沢民・前国家主席と談笑中のもので、一九九五年、北京での老作家の八十歳の誕生パーティで撮影された。もう一枚の古い写真では、欧州からのユダヤ難民、ヤコブ・ローゼンフェルドが人民解放軍の軍医司令となり、人民服姿で劉少奇(後の国家主席)と陳毅(後の元帥、外相)の間に立つ。撮影は一九四一年とある。 いずれも中国共産党首脳とユダヤ人の親密関係の断面だ。中国のユダヤ人に関する研究は空白状態だったため、ユダヤ系中国人の確かな人口統計はない。最多の時期でも十万余と推定されるが、歴史的には開封、ハルビン、上海の三カ所にかなりの存在感があった。 最初にユダヤ人が中国に来たのは八世紀初頭説が強く、ヘブライ文字で記されたペルシャ語の商用文書が中国西部で発見されている。十二世紀に宋朝(九六〇―一二七九年)の首都、開封に約一万人のユダヤ人がいたといわれる。ユダヤ人礼拝所の土台や中国語の律法(ユダヤ教徒の規則書)が発掘ずみである。 シナゴーグは一一六三年にペルシャからのユダヤ人が建てたとされ、最初の発見者は十七世紀に訪れたイタリア人のイエズス会宣教師である。

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