憲法改正について

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トピック作成者
maruma
2017年05月05日20時13分
9条の戦争放棄という文言をそのままに自衛隊に関する文言を追記するという案が出されました。
私はずっと、憲法改正には反対だったのですが、いま北朝鮮の脅威の大きさを認識した時点で、従来通りの憲法でもし日本防衛にわずかでも逡巡する隙が生じうるのであれば、改正すべきだと思うようになりました。
できれば、尖閣諸島への中国漁船到来のリスクを含む様々な状況に躊躇なく対応可能なものとすべきだと思います。
(いまの憲法で、間髪を入れず対応可能であれば変えなくていいですが、どうなのでしょうか)
少なくとも、北朝鮮や尖閣などのすぐそこにある危機に躊躇なく対応するために憲法判断が必要なのであれば、いま憲法は変えるべきだと思われます。

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    投稿者:momiji2017年05月23日11時35分
    >imomushiさま
    仰る通りで、読み直して、変な日本語書いたなぁと恥じ入っておりました。ご指摘ありがとうございます。

    現政権、という条件を付けたのは、失敗かなと思っていますが、存在もしていなかった「古き良き(封建的な)日本」を復興させることを目標とする日本会議の思想は、理論的にも道義的にも破綻していると考えるからです。現状の政権の政治運営には妥当性を見出す方々が多いかもしれませんが、私は、掲げる理想が間違っているという立場に立ちます。将来に禍根を残す可能性を考え、大きな改変を現政権に任せることは不安です(蛇足については、これで返答とさせていただきます)。
    もうひとつ、対外的な脅威を煽りつつ、改憲に道筋をつけようとする姿勢も気に入りません。「今がチャンス!」という勢いで改変するとするならば、なおさら、国際協調・平和的解決とは真逆の指針になりかねません。現場の自衛官の方々、海上保安庁の方々の意識の高さは仄聞するところですが、上記の理由から、現場の思いと政権の思いとが合致しているとも思いません。

    ということで、反対です。
    とはいえ、これで納得されるとも思っていません。以前にも申し上げた通り、立場・考え方の違いです。世界と日本との関係を考えたとき、日米関係と同じように日中関係をはじめとしたアジア諸国との関係が大切だと考えますし、日本だけの問題として人口問題を考えるのも間違っていると考えています。そういう考えの方が多くないことも、理解しているつもりです。
    しばらくいらっしゃらず、意味深な台詞が最後でしたので、ご病気かなにかかと心配しておりましたが、皮肉めいた言い方を直す気はなさそう。お元気そうでなによりです。
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    投稿者:momiji2017年05月23日11時34分
    >当然の事ながら、その様な環境を作り出すには「強制力・実行力」としての「軍事力」が必要で

    ここから、違うと思っているんですよね。

    囚人のジレンマという思考実験は、全員が最善手を打つことの難しさ(という現実)を明らかにします。ですが同時に、理論化することで、その根拠を明らかにもしています。フロイトの精神分析学も同じような位置付けとして捉えられます。
    根拠が分かっているのであれば、それを理性的に回避する手段はあるのだろうと思いますし、その解決に向けて努力することを避けてはいけないと思います。

    日本は、その「最善手」を、戦後のゴタゴタの中(どさくさに紛れて)明文化した唯一の大国(発言力=経済力として)であると思っています。当然、目指すべきは一国平和主義ではなりません。が、その最善手を全員が採るための旗振り役として最も適しているのは、武力戦力を持たない(かのような)日本であると考えます。そのため、武力を保持し得るという内容に改正するのには反対です。改正するのであっても、その立場を失わないようなメッセージが大切だと考えています(難しいでしょうが)。
    i
    投稿者:imomushi2017年05月20日21時49分
    愛媛の人よ:

    《ということで、私個人の意見として、憲法改正には(特に、現政権では)反対です。》

    という意見は理解します。
    しかし、理解できないこともあります。《ということで》という言葉は、例えば数学の証明で使う「故に」という言葉に相当すると思います。そうであるならば、貴コメントの冒頭から16行目まで、あるいは20行目までが「現政権(=アベ政権)での憲法改正に反対である」という結論の、証明に相当するはずです。
    理解できないのは、この“証明部分(例えば教育改革フォーラムや差別意識・不寛容など)”と“結論部分(憲法改正反対)”が、どのような脈絡で結び付くのか、そこが分からないのです。この「故に」の部分を、皆に分かりやすく、納得できるように解説していただくと、なるほど俺も(私も)憲法改正に反対しよう! と反対派が多数を占め、憲法改正を阻止できるのではないでしょうか。この、「故に」の証明が、誰から見ても正当であるならば、いもむしも宗旨替えすることにやぶさかでありません。

    愛媛の人よ、坂本龍馬のごとく世界と日本の現実を見極めんことを。日本人と子々孫々のために。

    ・・・蛇足ながら:
    《差別意識・不寛容》あるいは《第三次世界大戦を起こさないための教育》という観点で理想を掲げ、それを実現しようとしているのに、アベがそれを邪魔している。アベが諸悪の根源だ。故にアベに反対しよう。という立場なら、韓国人が日本人を見下して持つ意識(侮日)と同じレベルになります。トゲトゲの鎧を着込んで日本人を見下す(アベを見下す)。
    b
    投稿者:bizenkiyomitsu2017年05月18日00時11分
    「理想」は不戦条約・国連憲章、或いは憲法前文で十分でしょう。

    安全保障に於ける「理想」は、「戦争・紛争を抑止・最小限に留める」事が出来る環境の創出です。当然の事ながら、その様な環境を作り出すには「強制力・実行力」としての「軍事力」が必要で、かつ「軍事力」を効果的に運用出来る「法制度・体制」作りが不可欠です。

    即ち、法制度の根底を成す・成文法主義を採る我が国の「憲法」上で、軍事力の行使の権利を「明確に・疑義無く」明示的に示さねば、安全保障上の「理想」環境の創出は出来ません。何時までも「バナナはデザートですか?おやつですか?」レベルの議論を続ける意味・必然性が私には理解出来ません。

    バナナが「デザート」であろうが「おやつ」であろうが、「バナナ」が必要であるならば、何の遅滞や法制度上の問題無く、「バナナ」を運用できなければなりません。それが「安全保障」であり、国家・国民の安全を守る「法制度」では???

    更に申し上げるなら、「自衛隊」という「軍隊」は「国民の血税」を以て整備・運用されています。もし有事にそれが「法制度」上の問題により、適切に機能しなかった場合に生じた「国民」の犠牲を、「国家」「議会」はどの様に償ってくれるのでしょうか???

    私が犠牲になったならば、毎年の国主催の「慰霊祭」とやらで、「過ちは二度と繰り返しません」等と意味不明の「呪文」を唱えられても、私は決して納得は致しません。「不備」が存在するのを承知の上で「犠牲」が生じたのですから。「予見できた」「法制度の不備」を放置した連中、それを「支持」した連中共に、死した後も「末期の代」まで呪い・祟り続けてやります!!

    私が理解出来ないのは、「御自分」或いは御家族・御親戚・御友人等が犠牲に成るかも知れないと言う、極めて現実的な状況に在るにも関わらず、「平和」と言う「理想」を説く方がいると言う現実です。
    n
    投稿者:naka2017年05月17日01時07分
    日本国憲法に宣言された「正義と秩序を基調とする国際平和」は、「well-being」に繋がるものであると思います。「正義を無視しても平和であればいい、一国主義であっても平和であればいい、といった態度は、日本国憲法が排除することを宣言している非立憲的な態度である」と、篠田氏は痛烈に憲法学者を批判しています。
    「9条においてもやはり、「正義と秩序を基調とする国際平和」とは、国際的な法秩序にのっとった平和、と解するべきである。重要な点である。強調したい。9条の目的は、国際法に従った平和の達成である。戦争放棄や戦力不保持は、目的達成のための手段であり、その逆ではない。 手段から目的に至る道筋には、国際法が案内人として立つ」との指摘はbizenkiyomitsuさんの冒頭のコメントに繋がるものが有ると思います。
    自衛隊の存在は必要と国民・与党・野党(共産党に至るまで)共通の認識が有りながら、なぜ憲法学者は「違憲」として扱うのか。9条が「「目的」宣明機能を持った条項」であるならば、国民である大多数の人達が「自衛隊は合憲」と認める事により、憲法9条の改正は、「現行条項に、あらためて明示的な留保を付すやり方」で、進めるのではないかと思う。
    「」の言葉は篠田さんのブログより引用させて頂きました。momijiさんの考えには共感しますが、日本が「自立心と寛容性を併せ持った」国民である為に、そのメッセージを国際的に発する為に「自衛隊合憲」は必要かと思います。
    m
    投稿者:momiji2017年05月16日22時52分
    今年のOECD中心の教育改革フォーラムでの中心テーマは「well-being」でした。
    (ちなみに昨年度は「第三次世界大戦を起こさないための教育」)
    なかなか日本語には訳しにくい(一言でまとめられない内容でしたので・・・)テーマですが、イスラム多数の民族構成を持ちつつ、安定した国家運営と排外的でない民族意識を保てているマレーシアなどの取り組みが参考になりました。
    政情不安と経済不振は、国民から寛容性をはぎ取ります。統計では、世界的に、不寛容の傾向が顕著にみられています。(特に韓国と米国の落ち込みは大きいです。)
    その結果を受けて、世界が教育に求めているのは、差別意識と不寛容ではなく、自立心と寛容性を併せ持った個人の育成だということです。それがより良い世の中を作っていくはずだという提言でした。

    さて、こういったことは、夢物語の内容なのでしょうか?
    少なくとも、現場の教育人や教育省レベルの人たちの提案は、理想論に見えるものをしかしどのような現場に落とし込んでいくかという熱意と活気に満ちたものでした。現実の取り組みやその効果測定についても、メリットデメリットをしっかりと提示した上で、参加者たちは現場に戻って、より良いプログラムの策定に腐心しています。とても、お手軽な平和主義だとは思いません。

    自分の身を守るためにトゲトゲの鎧を着込むことは、有効なのでしょうが、正しくはありません。
    「平和」が訪れることは、おそらくないのだと思いますが、理想として掲げるに値する言葉だと思います。
    ということで、私個人の意見として、憲法改正には(特に、現政権では)反対です。

    ただ、改正するにしてもしないにしても、それが確定した際に、どのようなメッセージを国際的に発するのかということが、とても大事だと考えています。
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    投稿者:imomushi2017年05月16日20時11分
    断言できることは、いざと言うとき「憲法学者は日本国民の生命・財産」を守ってくれない、と言うことである(守る気はさらさら無い)。

    ある憲法学者は、「日本国民の生命・財産を守る自衛隊は憲法違反だ」と唱えることを使命と考えているようだ。

    ・・・シールズ並。
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    投稿者:imomushi2017年05月14日16時06分
    いま反省すべきは、バカな空想に耽(ふけ)るのを、いいかげんに止めること。《国連中心主義》だの《世界連邦》だのと、早い話が、日本人の心から、「独立心」と「国家観」を取り上げようとする企(たくら)みに絶縁すること。

    空想世界に咲いた「ひ弱にして有害無益な憲法(*1)」を捨て、現実世界に住む日本人の生命と財産を守る手段を、正当な権利として明記した憲法に改訂すべきである。

    問い:「国連」は人類の理想的か? 
    答え:いいえ、正義の美名の下に(無意識に)悪を働くことがある(*2)。

    問い:「世界連邦」は理想か? 
    答え:いいえ、たとえば英国はEUから抜けた(*3)。

    幻想の中でしか自己の正当性を主張できない輩が、いくら大声で叫んでも、日本国民を守ったことにはならない。改正された憲法の下で、自衛隊という正当な力を持つことにより、政治力と外交が、まともに機能する。

    ---
    *1 現憲法は、日本国民の生命・財産を外敵から力で守ることを禁じている。共産党は自衛隊を憲法違反と決めつけ、“人殺し”呼ばわりしている。それをよしとする憲法学者もいる。

    *2 例えばルワンダでツチ族とフツ族が殺し合いを始めた。ルワンダから国境を越えて逃げてきたフツ族が「かわいそう」だからと、国連は難民キャンプを作り食事を与えた。腹を満たしたフツ族は、夜になるとツチ族を殺しに出かけ、“仕事”を終えキャンプに帰ってくる。これ、NGO(非政府組織)の無責任の一例。「かわいそうな人を助ける」という錦の御旗の下、一方を支持することで、結果として紛争解決を長引かせる。正義のお節介が、当事者自らの解決の道を封じ、他者依存に堕落させる例である。『戦争にチャンスを与えよ』エドワード・ルトワック

    *3 英国のEU離脱の背景には、「主権」の重要性に対する価値判断があったと思う。単純なポピュリズムの衝動とは違うと思う。

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    投稿者:bizenkiyomitsu2017年05月13日02時10分
    で、自衛隊は何処へ、何のために侵略するのですか???
    共産主義革命も数千万人を殺していますが‼
    o
    投稿者:ookubohiroyuki20152017年05月13日00時47分
    皆さんは現在の憲法はどのような反省の上に成り立っているか、考えたことありますか。いうまでもなく第二次世界大戦の反省の上に成り立っています。世界中で数千万人の尊い命が奪われたことを考えればなぜ世界的な視点で考えられないのでしょうか。いつまでたっても戦争の泥沼から抜けだせません。ところで自民党の阿倍さんは憲法に自衛隊を明記したいととんでもないことをいつています。ちょっと考えて下さい。日本の軍隊は自衛の為だと誰が判断するのか。世界中の軍隊はみんな自衛の為の軍隊なんですよ。いつのまにか侵略軍になった苦い経験を日本は今一度反省しなければなりません。世界から武器をなくす。これに向かって叡知を傾ける。これこそが戦争でなくなった御霊への返礼となるものと確信いたします。
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    投稿者:bizenkiyomitsu2017年05月12日21時32分
    私は国家の安全保障と言う「死生の地、存亡の道」において「歯止め」や「安全装置」は基本的に無用と考えます。状況は常に変化します。変化に対応できない国家・勢力に未来は在りません。

    日本外交の柱の一つは(実効性は???ですが)「国連中心主義」です。であるならば、「歯止め」や「安全装置」は国連憲章に求めるのが一つの解では無いでしょうか?即ち、第2項を例えば「但し、国連憲章の規定に定められる範囲で自衛権等を行使する目的において、適切な範囲の国防戦力を保有する。」とかで宜しいのでは???

    「じゃあ日本の軍事力・軍事行動の範囲は青天井なのか?」という方も居られるかもしれませんが、当然のことながら軍事力は経済力を超えることは出来ませんし、軍事行動の範囲・能力というものは保有する「軍事的能力」と軍事行動を行う「意志」の関数です。

    例えば今の自衛隊の能力では、数百名程度の軽装備の部隊を、一定の期間、極めて限定された目的の為に(PKOとか)海外に派遣する事は可能でしょう(これでも人繰り的には厳しい)。しかし連隊戦闘団(フル装備の歩兵連隊に、増強の戦車部隊、砲兵、工兵、補給部隊を配属、2千数百名程度でしょうか)を全面的な武力行使を行う事を目的として海外に派遣する事は出来ません(ご近所なら可能かもですが)。理由はただ一つ、補給が続きません・・・・・自衛隊の最大の問題は経戦・後方支援能力の欠如です。

    さらに空軍のエアカバー、海軍による支援も必要になるでしょうが、南西諸島の防衛ですらも危ういのに、それ以上など心配するだけ無駄な努力です。なので、日本の防衛には「日米安保」が必要不可欠になります。

    ましてや日本は世界中から自由に資源・資本を調達し、世界中で自由に生産・販売・投資をしています。それを自ら阻害するような行為を行う「意志」というものが、どこから湧いて出て来るのか理解に苦しみます。
    n
    投稿者:naka2017年05月12日00時13分
    いずれにしても「合憲か違憲か」と言う議論では無く「合憲だがどのように安全装置を組み込んで行くか」と言う議論に国会は進んで欲しいと、私は思う。
    安保法制の時のような迷走は、こりごりである。
    n
    投稿者:naka2017年05月11日23時44分
    篠田さんの言を借りれば「それでは9条における「目的」とは何か。戦争放棄?戦力不保持?交戦権否認?・・・違う。なぜならそれらは、9条を読む限り、「手段」のレベルの事柄として扱われているからだ。それでは「目的」とは何か?9条の冒頭は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」という表現から開始されている。明らかに、これが「目的」である。つまり「正義と秩序を基調とする国際平和」の達成が、9条の「目的」である。禁止されている事柄は、この「目的」の達成のために、禁止されている。他のいかなる理由によっても禁止されていない。ただ「目的」の達成のために、禁止されている。禁止それ自体が目的ではなく、禁止は「手段」である。そのことを憲法制定者である「日本国民」は宣言している。」
    確かにそうだと思う。では一項の「国際紛争を解決する手段」と言う項目を除けば、そしてその戦力を持つ「憲法制定者である日本国民」が、「正義と秩序を基調とする国際平和」の為に政府に委託するならば2項は削除せず、合憲ではないかと思う。
    i
    投稿者:imomushi2017年05月10日21時45分
    9条2項を残したままで自衛隊を追加するのはおかしい、だから2項は削除すべき、というのは正論と思います。
    絶大な権力を持つ独裁者なら、そうすると思います。しかし、安倍一強といわれながらも、憲法相手となると、簡単には太刀打ちできないでしょう。それが今の日本的民主主義の現実と思います。善し悪しはともかく、長い間に植え付けられた“無意識の反応”が立ちはだかるでしょう。
    9条の1項・2項を残すことで反対論を封じ、その上で自衛隊の根拠規定の明文化を最優先する考えでしょう。安倍首相はこの二つ、つまり、①自衛隊の明文化と②憲法改正という実績を残し、更なる改訂を後続者に託する考えのように思います。

    筋論からすれ、まだるっこしいでしょうが「大国を治むるは小鮮を烹るが如し」
    例えば先般の安全保障法制でも、議論としては当然、憲法を改定し、そのなかに安全保障法制を盛り込む、という考えはあったはずです。その方がスマートでしょう。しかし、その方針で突き進めば、頓挫することが目に見えていた。そこで「砂川判決」を根拠として安全保障法制の成立を急いだのでしょう。

    例えば今回の憲法改正で9条2項の廃止を謳ったらどうなるか?
    「虎の威を借る狐」ならぬ「中国の威を借る朝日」の思う壺にはまるでしょう(*1)。
    ですから、9条2項を残したままという手品のような策で改訂の実現を優先するのでしょう。手品と言うと騙すように聞こえるが、そうではなくbizenkiyomitsuさんの裏付けがある。

    ---
    *1 朝日新聞は、たとえば第一次安倍内閣のとき、安倍首相に「KY」とレッテル貼りするなど、あの手この手を弄し、ついに退陣に追い込んだ“殊勲”がある。KYとは「空気読めない」の略語だそうだ。
    しかしKYには元祖がある。それは朝日新聞の記者がサンゴにKYと落書きし、日本人の不心得を嘆いてみせたが、自作自演の捏造記事とバレた。
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    投稿者:naka2017年05月10日11時11分
    「平和構築」を専門にする国際政治学者の篠田英明さんのブログに「憲法9条解釈論その1」が出ています。http://shinodahideaki.blog.jp/
    自衛隊合憲についての意見も含め参考に為りました。
    n
    投稿者:nekosuki2017年05月08日14時27分
    わが国における憲法論議で奇妙に思うのは、憲法を考える前提となるわが国を取り巻く内外の状況認識について、それぞれの政党の立場から見たくない事実には目をつぶり、見たい事実だけをもとに議論していることである。その結果、議論はかみ合わず、さしずめ禅問答のようでもある。議論のねらいはわが国としてこの多難な時代にどのように対処すべきかという点にあるべきなのに、そうではなく党利党略の利害と思惑を中心に政争問題化しており、嘆かわしいと思う。本来の論点に立ち戻り、真正面から議論して欲しいものだ。
    そして、避けて通れない喫緊の課題は、憲法第9条の問題である。憲法解釈についてBizenkiyomitsuさんが指摘されているように現行規定の解釈で対応できるのであれば、それはそれでいい。形式云々だけで無理に憲法改正を行う必要はない。しかし、憲法解釈の仕方を論拠に必要な対策にブレーキをかけようとする動きが現にあり、現行規定の下での安全保障措置に齟齬をきたすようでは困るのである。武器の近代化が重要な政策課題であると同じように武器運用の基本指針となる法的措置についても万全にしておくことは国の安全保障の最低ラインである。
    その意味で、第9条をこのままにしておくことは問題が多い。この問題から目を背けないためにも憲法改正問題はこの1点に的を絞ってしっかりと議論して欲しいものだ。
    z
    投稿者:zarugo132017年05月07日00時35分
    9条の2項は削除すべきと思います。「戦力の不保持」というておいて自衛隊があるというのはおかしい。
    1954年自衛隊を作った時点で改憲しておくべきでした。今すぐ変えるべきです。
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    投稿者:imomushi2017年05月06日15時12分
    つい半年ほど前に、似たテーマのトピックがありましたが(憲法議論の場)、いよいよ真剣に考えるべき時が来たようです。

    本トピック作成者の意図に同感すると共に、第一投稿者による、国際的視野に立った論説には、なるほど、と思います。

    問題は、わが国特有の“思考の縛り”でしょう。
    冷静な憲法観、あるいは国防といったことに対する「ごく当たり前の思考」ではなく、「憲法改正→軍事→悪」と瞬時に反応するよう、思考停止モードで条件反応することです。この鉄の鎖で国民を縛り付けてきた「護憲派」も、ついに北朝鮮の“火遊び”を前にして、為す術もなく、単なる空虚な迷言でしかないことを、白日の下に晒す結果になりました。

    今回の憲法改正案は、現憲法9条の1項および2項を維持した上で、自衛隊の根拠規定を追加するものです。高村正彦氏が言うように「民進党は賛成しない理由を探すのに苦労する」でしょう。

    それでもアベと聞いただけで何でも反対の共産党の小池晃氏は《今やるべきは、現実に合わせて憲法を変えることではなく、憲法を実現する政治に転換することだ/アベ政権の下での憲法改悪は許さない!これが野党共闘の1丁目1番地だ/憲法に自衛隊を書き込むことは断固反対!/自衛隊の存在はどう考えても9条と相いれない(略)急迫不正の主権侵害や大規模災害があれば自衛隊も含めたあらゆる手段で国民を守る》と語っています(2017.5.6「読売新聞」)。

    共産党+野党が《自衛隊も含めたあらゆる手段で国民を守る》と言うのであれば、自衛隊抜きでも“あらゆる手段”を発揮し、国民の命を守るのは“今でしょ!”。“あらゆる手段”を国民は見たがっています。

    マルクスとエンゲルスは「一つの妖怪がヨーロッパにあらわれている、――共産主義の妖怪が」と言った。今の日本に、“季節外れの妖怪”がまだ居る。自説を実行しないなら、それは国民の血税を吸ってるだけ。
    A
    投稿者:AprilHare2017年05月06日11時59分
    読売インタビューだと、現行の1項、2項を維持した上で自衛隊の根拠を追加するという案だそうですね。

    私自身は第九条改正には「内容次第」という立場で、「集団的自衛権を行使するために憲法改正が必要」「戦闘を忌避せずPKOをこなすために憲法改正が必要」という意見にはむしろ賛成です。
    bizenkiyomitsuさんの言うような2項改正論も、「では禁止されなくなった戦力や交戦権をどうコントロールするか?」という問題はあるものの、方向性としてはアリだと思います。
    しかし、「現行の1項、2項を維持」という話であれば、その方向性ではなさそうです。
    m
    投稿者:maruma2017年05月06日04時06分
    bizenkiyomitsuさん

    9条と同様の表現の国も多数あるとは知りませんでした。
    現行の憲法で、外部からの危機にいささかの躊躇もなく対応可能であれば憲法改正は不要だと思います。

    ただ、重要なのは憲法の文言ではなくて、それの解釈とか下部の法律とか国民認識の総体でしょうから、憲法を改正しないままで解釈論議を延々とおこなって危機対応が遅れるのはまずく、憲法を変えてしまって、即時対応可能なようにした方がよいのかも知れません。

    今は安倍一強政権なので有事には、そうはいっても合理的即時対応ができそうですが、安倍後が心配です。北朝鮮とか中国とかのリスクに絞ってでも、しっかりした対応が躊躇なく実行可能な法体系を構築する必要があると思い明日。
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