憲法改正について

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トピック作成者
maruma
2017年05月05日20時13分
9条の戦争放棄という文言をそのままに自衛隊に関する文言を追記するという案が出されました。
私はずっと、憲法改正には反対だったのですが、いま北朝鮮の脅威の大きさを認識した時点で、従来通りの憲法でもし日本防衛にわずかでも逡巡する隙が生じうるのであれば、改正すべきだと思うようになりました。
できれば、尖閣諸島への中国漁船到来のリスクを含む様々な状況に躊躇なく対応可能なものとすべきだと思います。
(いまの憲法で、間髪を入れず対応可能であれば変えなくていいですが、どうなのでしょうか)
少なくとも、北朝鮮や尖閣などのすぐそこにある危機に躊躇なく対応するために憲法判断が必要なのであれば、いま憲法は変えるべきだと思われます。

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    投稿者:ZC2017年07月23日14時32分
     私的な感想ですが,9条などはカントの「永遠平和のために」などの考え方が規定に流れているように感じます.従ってこれは一種の理想として目指すものが書いてあります.
    (1)手段というものは,対象や手段が何であっても手段の種類だけで正当化できるものではありません.目的そのものやその真偽に関する精査が必要です.従って,現憲法が現実的手段の足枷になっていると主張する人々の手に,自衛隊という手段を正当化した憲法を付与するとルールでお墨付きがあるからと何も考えずに手段を振り回してしまい,俺は正しいんだ!と叫び続けて,失敗した!などということが起こりそうで心配です.これは一種の思考停止です.
    (2)一方でnekosukiさんご指摘のように憲法解釈を足枷に現実的な安全保障対応にブレーキをかける動きが問題と感じられるケースも出てきます.現憲法をルールとして金科玉条に一歩も動かない!平和憲法を守るんだ!おれは正しい!!これも思考停止ですし,一方で,一種の恐れをドライビングフォースに実行に移すこともそれ自身の危険性ゆえに自制が必要です.
     憲法をいじる前に,しばらく立法措置で安全保障の目的と手段に関する議論を案件ごとに重ねて,数十年から百年ぐらい実績を重ねた上で,ちゃんと議論ができるようになるまでみんなで練習してみてはいかがでしょうか.それぞれの心に宿る「恐れ」も含めて,冷静に議論する必要があります.議論にならないのが問題なのですから.
    例えば:原発に北朝鮮のICBM?とやらがたまたま間違って今日落下してきたら防げるのだろうか?これは荒唐無稽な不必要な恐れなのか,それとも現実的に対処が必要な安全保障上の重要な事柄なのだろうか.こんな議論を極端なものから現実にありそうなものまで様々な事態を想定して,状況ごとに何が正しいか?議論をしてみて,皆で何を見て納得できるのか考えたら少しは前に進むだろうか?

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    投稿者:naka2017年06月07日13時40分
    https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/16683/028003470017.pdf
    下記の記載したリンクが上手くなかったので改めて記入します。
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    投稿者:naka2017年06月07日00時07分
    「平和」を支えるための「権力」と言う物は必ず根底に必要と思います。どんな小さな組織でもそれは存在します。軍事力が有った方が良いか無い方が良いかと言う事では無く、その国が他国に対して持って居る「権力」とは、経済力と軍事力に比例します。私は日本はその部分でバランスが悪いのではないかと思うのです。あくまで目的は国家の平和と他国とのパワーバランスにおける平和の構築に向かうべきであると思います。軍事力が有った方が良いと思うのは、前提として日本も多国間のパワーバランスに一役を担い、平和構築を現実化する覚悟が必要と思うからです。
    9条2項の「交戦権放棄」について「交戦権」の概念が歴史的根拠から考えるとどうも間違っているようです。doors.doshisha.ac.jpこれは参考に為ります。
    「日本国憲法9条2項で否認されている「交戦権」とは、イギリスやドイツによる中立国・アメリカの船舶への攻撃の正当化などを想起させる概念である。古くから、アメリカ合衆国は、これを否認している。アメリカの観点からすれば、「交戦権」とは、「非交戦国」に対する先制攻撃も正当化する「古い国際法」の廃れた理論である。アメリカ合衆国は、一貫してこれを否認している。エリート軍人であったマッカーサー元帥は、こうした歴史に誰よりも精通していて、憲法9条2項を起草したはずだ。」
    と篠田英朗氏は主張しています。憲法改正は私は必要と思っています。
    n
    投稿者:nerilhair2017年06月06日23時06分
    法律の議論にはあまり興味はないのですが、見ていると、最も鋭く意見が対立するのは、我が国の平和を守る為に、軍事力があった方がいいのか、ない方がいいのか、という点であると見ており、我々が議論すべき本質的なポイントは、憲法云々よりも、まさにこの点ではないかと考えます。言い換えると、後者の立場を取る方は、自衛隊も日米安保もなくても、中国は尖閣を取りに来ないと考え、前者の方は即攻め込まれる、と考えている。さて、どちらが正しいのでしょうか?論理的に正しく見えるのは後者ですが、前者を主張される方に論拠をお尋ねしたいところです。善意を信じるのは結構ですが、危機管理というものは、常に最悪のシナリオを想定するものであることは常識です。
    F
    投稿者:Feが趣味2017年06月02日02時15分
    あまり複雑なことは、苦手なので息抜きに「憲法9条戦争放棄」について一言。戦争放棄が9条なのはどうしてなのか意味のないことを考えていました。
    9条は人名の九条と関係あるのではと思いつきました。
    そう言えば、昭和天皇のお母様は、貞明皇太后様ですが、九条家の姫様で幼少期には農家で育てられて、「九条の黒姫様」と呼ばれておられました。
    貞明皇太后様が九条と繋がるようです。
    貞明皇后様は大正天皇の皇后陛下ですが、第一次世界大戦ごろは、大正天皇は体調を崩され貞明皇后様が公務を代行されていたように聞きます。この頃イギリスはヨーロッパでの大戦争で苦戦しておりました。
    海軍大臣はチャーチル卿でした。イギリス皇室と政府からの日英同盟による要請で地中海へ駆逐艦隊を派遣しました。この時の海軍副長官が鈴木貫太郎です。
    この時の基地がマルタでここには、戦死者の慰霊碑が有り最近、安倍首相も行かれたようです。第一次世界大戦では日本は戦勝国でしたから貞明皇后と鈴木貫太郎は戦勝功労者となりました。
    太平洋戦争の終戦時には、第一次大戦の戦勝功労者の御助力が大きかったのではと考えます。
    そこで、連合国は戦争放棄を9条としたと夢想します。
    とんでもない思い付きですが、お許しください。
    i
    投稿者:imomushi2017年05月30日14時51分
    日本の平和は憲法9条で守られている。だから憲法改正は断固許さない、と叫んでいる皆さん。今ですよ。有言実行で日本の政治の先頭に立つのは。北朝鮮に乗り込んで、得意の平和会談を行い、米国やアベ政権を尻目に、世界平和の立役者となる、またとないチャンス到来。

    度重なるミサイルの撃ち込みで、恐怖を感じている日本国民に対し、憲法9条の威力を示し、併せて憲法改正など不要であることを実証するチャンスを前にして、“もったい”ぶりすぎていると、本当は「憲法9条に日本の平和を守る力など無い」と勘ぐられてしまいますよ。

    現実の外敵を前にして、なんら「威力の無い憲法9条」の実態が国民の前に明らかになることを恐れ、護憲勢力が躍起になって国民の目を逸らそうとしている。つまり煙幕を張ってごまかそうと、あの手この手で暴れてるだけ。森友しかり、加計しかり。護憲派とやらの実態は、無能・無力・虚偽の上辺だけ、と見られますよ。国民をたぶらかしてるだけ、と本性丸見えになりますよ。

    そんな風に見られるのは心外だというのであれば、日本の国会で、だだを捏ねているより、北朝鮮や中国に出かけて行って、目に見える成果を国民の前に持ち帰って来るのが、確実に支持率向上につながりますよ。今のやり方じゃぁ、支持率低下の固定化にしかならないでしょ。水面に浮かぶ根無し草のように、存在の拠点を持たない。隠蔽しても見れば分かる。
    どの政党に政権を託するのが日本国民の安全に資するのか、国民はちゃんと見てますよ。
    m
    投稿者:momiji2017年05月23日11時35分
    >imomushiさま
    仰る通りで、読み直して、変な日本語書いたなぁと恥じ入っておりました。ご指摘ありがとうございます。

    現政権、という条件を付けたのは、失敗かなと思っていますが、存在もしていなかった「古き良き(封建的な)日本」を復興させることを目標とする日本会議の思想は、理論的にも道義的にも破綻していると考えるからです。現状の政権の政治運営には妥当性を見出す方々が多いかもしれませんが、私は、掲げる理想が間違っているという立場に立ちます。将来に禍根を残す可能性を考え、大きな改変を現政権に任せることは不安です(蛇足については、これで返答とさせていただきます)。
    もうひとつ、対外的な脅威を煽りつつ、改憲に道筋をつけようとする姿勢も気に入りません。「今がチャンス!」という勢いで改変するとするならば、なおさら、国際協調・平和的解決とは真逆の指針になりかねません。現場の自衛官の方々、海上保安庁の方々の意識の高さは仄聞するところですが、上記の理由から、現場の思いと政権の思いとが合致しているとも思いません。

    ということで、反対です。
    とはいえ、これで納得されるとも思っていません。以前にも申し上げた通り、立場・考え方の違いです。世界と日本との関係を考えたとき、日米関係と同じように日中関係をはじめとしたアジア諸国との関係が大切だと考えますし、日本だけの問題として人口問題を考えるのも間違っていると考えています。そういう考えの方が多くないことも、理解しているつもりです。
    しばらくいらっしゃらず、意味深な台詞が最後でしたので、ご病気かなにかかと心配しておりましたが、皮肉めいた言い方を直す気はなさそう。お元気そうでなによりです。
    m
    投稿者:momiji2017年05月23日11時34分
    >当然の事ながら、その様な環境を作り出すには「強制力・実行力」としての「軍事力」が必要で

    ここから、違うと思っているんですよね。

    囚人のジレンマという思考実験は、全員が最善手を打つことの難しさ(という現実)を明らかにします。ですが同時に、理論化することで、その根拠を明らかにもしています。フロイトの精神分析学も同じような位置付けとして捉えられます。
    根拠が分かっているのであれば、それを理性的に回避する手段はあるのだろうと思いますし、その解決に向けて努力することを避けてはいけないと思います。

    日本は、その「最善手」を、戦後のゴタゴタの中(どさくさに紛れて)明文化した唯一の大国(発言力=経済力として)であると思っています。当然、目指すべきは一国平和主義ではなりません。が、その最善手を全員が採るための旗振り役として最も適しているのは、武力戦力を持たない(かのような)日本であると考えます。そのため、武力を保持し得るという内容に改正するのには反対です。改正するのであっても、その立場を失わないようなメッセージが大切だと考えています(難しいでしょうが)。
    i
    投稿者:imomushi2017年05月20日21時49分
    愛媛の人よ:

    《ということで、私個人の意見として、憲法改正には(特に、現政権では)反対です。》

    という意見は理解します。
    しかし、理解できないこともあります。《ということで》という言葉は、例えば数学の証明で使う「故に」という言葉に相当すると思います。そうであるならば、貴コメントの冒頭から16行目まで、あるいは20行目までが「現政権(=アベ政権)での憲法改正に反対である」という結論の、証明に相当するはずです。
    理解できないのは、この“証明部分(例えば教育改革フォーラムや差別意識・不寛容など)”と“結論部分(憲法改正反対)”が、どのような脈絡で結び付くのか、そこが分からないのです。この「故に」の部分を、皆に分かりやすく、納得できるように解説していただくと、なるほど俺も(私も)憲法改正に反対しよう! と反対派が多数を占め、憲法改正を阻止できるのではないでしょうか。この、「故に」の証明が、誰から見ても正当であるならば、いもむしも宗旨替えすることにやぶさかでありません。

    愛媛の人よ、坂本龍馬のごとく世界と日本の現実を見極めんことを。日本人と子々孫々のために。

    ・・・蛇足ながら:
    《差別意識・不寛容》あるいは《第三次世界大戦を起こさないための教育》という観点で理想を掲げ、それを実現しようとしているのに、アベがそれを邪魔している。アベが諸悪の根源だ。故にアベに反対しよう。という立場なら、韓国人が日本人を見下して持つ意識(侮日)と同じレベルになります。トゲトゲの鎧を着込んで日本人を見下す(アベを見下す)。
    b
    投稿者:bizenkiyomitsu2017年05月18日00時11分
    「理想」は不戦条約・国連憲章、或いは憲法前文で十分でしょう。

    安全保障に於ける「理想」は、「戦争・紛争を抑止・最小限に留める」事が出来る環境の創出です。当然の事ながら、その様な環境を作り出すには「強制力・実行力」としての「軍事力」が必要で、かつ「軍事力」を効果的に運用出来る「法制度・体制」作りが不可欠です。

    即ち、法制度の根底を成す・成文法主義を採る我が国の「憲法」上で、軍事力の行使の権利を「明確に・疑義無く」明示的に示さねば、安全保障上の「理想」環境の創出は出来ません。何時までも「バナナはデザートですか?おやつですか?」レベルの議論を続ける意味・必然性が私には理解出来ません。

    バナナが「デザート」であろうが「おやつ」であろうが、「バナナ」が必要であるならば、何の遅滞や法制度上の問題無く、「バナナ」を運用できなければなりません。それが「安全保障」であり、国家・国民の安全を守る「法制度」では???

    更に申し上げるなら、「自衛隊」という「軍隊」は「国民の血税」を以て整備・運用されています。もし有事にそれが「法制度」上の問題により、適切に機能しなかった場合に生じた「国民」の犠牲を、「国家」「議会」はどの様に償ってくれるのでしょうか???

    私が犠牲になったならば、毎年の国主催の「慰霊祭」とやらで、「過ちは二度と繰り返しません」等と意味不明の「呪文」を唱えられても、私は決して納得は致しません。「不備」が存在するのを承知の上で「犠牲」が生じたのですから。「予見できた」「法制度の不備」を放置した連中、それを「支持」した連中共に、死した後も「末期の代」まで呪い・祟り続けてやります!!

    私が理解出来ないのは、「御自分」或いは御家族・御親戚・御友人等が犠牲に成るかも知れないと言う、極めて現実的な状況に在るにも関わらず、「平和」と言う「理想」を説く方がいると言う現実です。
    n
    投稿者:naka2017年05月17日01時07分
    日本国憲法に宣言された「正義と秩序を基調とする国際平和」は、「well-being」に繋がるものであると思います。「正義を無視しても平和であればいい、一国主義であっても平和であればいい、といった態度は、日本国憲法が排除することを宣言している非立憲的な態度である」と、篠田氏は痛烈に憲法学者を批判しています。
    「9条においてもやはり、「正義と秩序を基調とする国際平和」とは、国際的な法秩序にのっとった平和、と解するべきである。重要な点である。強調したい。9条の目的は、国際法に従った平和の達成である。戦争放棄や戦力不保持は、目的達成のための手段であり、その逆ではない。 手段から目的に至る道筋には、国際法が案内人として立つ」との指摘はbizenkiyomitsuさんの冒頭のコメントに繋がるものが有ると思います。
    自衛隊の存在は必要と国民・与党・野党(共産党に至るまで)共通の認識が有りながら、なぜ憲法学者は「違憲」として扱うのか。9条が「「目的」宣明機能を持った条項」であるならば、国民である大多数の人達が「自衛隊は合憲」と認める事により、憲法9条の改正は、「現行条項に、あらためて明示的な留保を付すやり方」で、進めるのではないかと思う。
    「」の言葉は篠田さんのブログより引用させて頂きました。momijiさんの考えには共感しますが、日本が「自立心と寛容性を併せ持った」国民である為に、そのメッセージを国際的に発する為に「自衛隊合憲」は必要かと思います。
    m
    投稿者:momiji2017年05月16日22時52分
    今年のOECD中心の教育改革フォーラムでの中心テーマは「well-being」でした。
    (ちなみに昨年度は「第三次世界大戦を起こさないための教育」)
    なかなか日本語には訳しにくい(一言でまとめられない内容でしたので・・・)テーマですが、イスラム多数の民族構成を持ちつつ、安定した国家運営と排外的でない民族意識を保てているマレーシアなどの取り組みが参考になりました。
    政情不安と経済不振は、国民から寛容性をはぎ取ります。統計では、世界的に、不寛容の傾向が顕著にみられています。(特に韓国と米国の落ち込みは大きいです。)
    その結果を受けて、世界が教育に求めているのは、差別意識と不寛容ではなく、自立心と寛容性を併せ持った個人の育成だということです。それがより良い世の中を作っていくはずだという提言でした。

    さて、こういったことは、夢物語の内容なのでしょうか?
    少なくとも、現場の教育人や教育省レベルの人たちの提案は、理想論に見えるものをしかしどのような現場に落とし込んでいくかという熱意と活気に満ちたものでした。現実の取り組みやその効果測定についても、メリットデメリットをしっかりと提示した上で、参加者たちは現場に戻って、より良いプログラムの策定に腐心しています。とても、お手軽な平和主義だとは思いません。

    自分の身を守るためにトゲトゲの鎧を着込むことは、有効なのでしょうが、正しくはありません。
    「平和」が訪れることは、おそらくないのだと思いますが、理想として掲げるに値する言葉だと思います。
    ということで、私個人の意見として、憲法改正には(特に、現政権では)反対です。

    ただ、改正するにしてもしないにしても、それが確定した際に、どのようなメッセージを国際的に発するのかということが、とても大事だと考えています。
    i
    投稿者:imomushi2017年05月16日20時11分
    断言できることは、いざと言うとき「憲法学者は日本国民の生命・財産」を守ってくれない、と言うことである(守る気はさらさら無い)。

    ある憲法学者は、「日本国民の生命・財産を守る自衛隊は憲法違反だ」と唱えることを使命と考えているようだ。

    ・・・シールズ並。
    i
    投稿者:imomushi2017年05月14日16時06分
    いま反省すべきは、バカな空想に耽(ふけ)るのを、いいかげんに止めること。《国連中心主義》だの《世界連邦》だのと、早い話が、日本人の心から、「独立心」と「国家観」を取り上げようとする企(たくら)みに絶縁すること。

    空想世界に咲いた「ひ弱にして有害無益な憲法(*1)」を捨て、現実世界に住む日本人の生命と財産を守る手段を、正当な権利として明記した憲法に改訂すべきである。

    問い:「国連」は人類の理想的か? 
    答え:いいえ、正義の美名の下に(無意識に)悪を働くことがある(*2)。

    問い:「世界連邦」は理想か? 
    答え:いいえ、たとえば英国はEUから抜けた(*3)。

    幻想の中でしか自己の正当性を主張できない輩が、いくら大声で叫んでも、日本国民を守ったことにはならない。改正された憲法の下で、自衛隊という正当な力を持つことにより、政治力と外交が、まともに機能する。

    ---
    *1 現憲法は、日本国民の生命・財産を外敵から力で守ることを禁じている。共産党は自衛隊を憲法違反と決めつけ、“人殺し”呼ばわりしている。それをよしとする憲法学者もいる。

    *2 例えばルワンダでツチ族とフツ族が殺し合いを始めた。ルワンダから国境を越えて逃げてきたフツ族が「かわいそう」だからと、国連は難民キャンプを作り食事を与えた。腹を満たしたフツ族は、夜になるとツチ族を殺しに出かけ、“仕事”を終えキャンプに帰ってくる。これ、NGO(非政府組織)の無責任の一例。「かわいそうな人を助ける」という錦の御旗の下、一方を支持することで、結果として紛争解決を長引かせる。正義のお節介が、当事者自らの解決の道を封じ、他者依存に堕落させる例である。『戦争にチャンスを与えよ』エドワード・ルトワック

    *3 英国のEU離脱の背景には、「主権」の重要性に対する価値判断があったと思う。単純なポピュリズムの衝動とは違うと思う。

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    投稿者:bizenkiyomitsu2017年05月13日02時10分
    で、自衛隊は何処へ、何のために侵略するのですか???
    共産主義革命も数千万人を殺していますが‼
    o
    投稿者:ookubohiroyuki20152017年05月13日00時47分
    皆さんは現在の憲法はどのような反省の上に成り立っているか、考えたことありますか。いうまでもなく第二次世界大戦の反省の上に成り立っています。世界中で数千万人の尊い命が奪われたことを考えればなぜ世界的な視点で考えられないのでしょうか。いつまでたっても戦争の泥沼から抜けだせません。ところで自民党の阿倍さんは憲法に自衛隊を明記したいととんでもないことをいつています。ちょっと考えて下さい。日本の軍隊は自衛の為だと誰が判断するのか。世界中の軍隊はみんな自衛の為の軍隊なんですよ。いつのまにか侵略軍になった苦い経験を日本は今一度反省しなければなりません。世界から武器をなくす。これに向かって叡知を傾ける。これこそが戦争でなくなった御霊への返礼となるものと確信いたします。
    b
    投稿者:bizenkiyomitsu2017年05月12日21時32分
    私は国家の安全保障と言う「死生の地、存亡の道」において「歯止め」や「安全装置」は基本的に無用と考えます。状況は常に変化します。変化に対応できない国家・勢力に未来は在りません。

    日本外交の柱の一つは(実効性は???ですが)「国連中心主義」です。であるならば、「歯止め」や「安全装置」は国連憲章に求めるのが一つの解では無いでしょうか?即ち、第2項を例えば「但し、国連憲章の規定に定められる範囲で自衛権等を行使する目的において、適切な範囲の国防戦力を保有する。」とかで宜しいのでは???

    「じゃあ日本の軍事力・軍事行動の範囲は青天井なのか?」という方も居られるかもしれませんが、当然のことながら軍事力は経済力を超えることは出来ませんし、軍事行動の範囲・能力というものは保有する「軍事的能力」と軍事行動を行う「意志」の関数です。

    例えば今の自衛隊の能力では、数百名程度の軽装備の部隊を、一定の期間、極めて限定された目的の為に(PKOとか)海外に派遣する事は可能でしょう(これでも人繰り的には厳しい)。しかし連隊戦闘団(フル装備の歩兵連隊に、増強の戦車部隊、砲兵、工兵、補給部隊を配属、2千数百名程度でしょうか)を全面的な武力行使を行う事を目的として海外に派遣する事は出来ません(ご近所なら可能かもですが)。理由はただ一つ、補給が続きません・・・・・自衛隊の最大の問題は経戦・後方支援能力の欠如です。

    さらに空軍のエアカバー、海軍による支援も必要になるでしょうが、南西諸島の防衛ですらも危ういのに、それ以上など心配するだけ無駄な努力です。なので、日本の防衛には「日米安保」が必要不可欠になります。

    ましてや日本は世界中から自由に資源・資本を調達し、世界中で自由に生産・販売・投資をしています。それを自ら阻害するような行為を行う「意志」というものが、どこから湧いて出て来るのか理解に苦しみます。
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    投稿者:naka2017年05月12日00時13分
    いずれにしても「合憲か違憲か」と言う議論では無く「合憲だがどのように安全装置を組み込んで行くか」と言う議論に国会は進んで欲しいと、私は思う。
    安保法制の時のような迷走は、こりごりである。
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    投稿者:naka2017年05月11日23時44分
    篠田さんの言を借りれば「それでは9条における「目的」とは何か。戦争放棄?戦力不保持?交戦権否認?・・・違う。なぜならそれらは、9条を読む限り、「手段」のレベルの事柄として扱われているからだ。それでは「目的」とは何か?9条の冒頭は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」という表現から開始されている。明らかに、これが「目的」である。つまり「正義と秩序を基調とする国際平和」の達成が、9条の「目的」である。禁止されている事柄は、この「目的」の達成のために、禁止されている。他のいかなる理由によっても禁止されていない。ただ「目的」の達成のために、禁止されている。禁止それ自体が目的ではなく、禁止は「手段」である。そのことを憲法制定者である「日本国民」は宣言している。」
    確かにそうだと思う。では一項の「国際紛争を解決する手段」と言う項目を除けば、そしてその戦力を持つ「憲法制定者である日本国民」が、「正義と秩序を基調とする国際平和」の為に政府に委託するならば2項は削除せず、合憲ではないかと思う。
    i
    投稿者:imomushi2017年05月10日21時45分
    9条2項を残したままで自衛隊を追加するのはおかしい、だから2項は削除すべき、というのは正論と思います。
    絶大な権力を持つ独裁者なら、そうすると思います。しかし、安倍一強といわれながらも、憲法相手となると、簡単には太刀打ちできないでしょう。それが今の日本的民主主義の現実と思います。善し悪しはともかく、長い間に植え付けられた“無意識の反応”が立ちはだかるでしょう。
    9条の1項・2項を残すことで反対論を封じ、その上で自衛隊の根拠規定の明文化を最優先する考えでしょう。安倍首相はこの二つ、つまり、①自衛隊の明文化と②憲法改正という実績を残し、更なる改訂を後続者に託する考えのように思います。

    筋論からすれ、まだるっこしいでしょうが「大国を治むるは小鮮を烹るが如し」
    例えば先般の安全保障法制でも、議論としては当然、憲法を改定し、そのなかに安全保障法制を盛り込む、という考えはあったはずです。その方がスマートでしょう。しかし、その方針で突き進めば、頓挫することが目に見えていた。そこで「砂川判決」を根拠として安全保障法制の成立を急いだのでしょう。

    例えば今回の憲法改正で9条2項の廃止を謳ったらどうなるか?
    「虎の威を借る狐」ならぬ「中国の威を借る朝日」の思う壺にはまるでしょう(*1)。
    ですから、9条2項を残したままという手品のような策で改訂の実現を優先するのでしょう。手品と言うと騙すように聞こえるが、そうではなくbizenkiyomitsuさんの裏付けがある。

    ---
    *1 朝日新聞は、たとえば第一次安倍内閣のとき、安倍首相に「KY」とレッテル貼りするなど、あの手この手を弄し、ついに退陣に追い込んだ“殊勲”がある。KYとは「空気読めない」の略語だそうだ。
    しかしKYには元祖がある。それは朝日新聞の記者がサンゴにKYと落書きし、日本人の不心得を嘆いてみせたが、自作自演の捏造記事とバレた。
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