「日治」か「日據」か――日本統治をめぐる台湾の論争

野嶋剛
執筆者:野嶋剛 2013年7月24日
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: 中国・台湾

 日本が台湾を統治した時代のことをどのように呼ぶのかをめぐり、台湾で大論争が起きた。国民党の馬英九政権はこのほど、公文書では統一して「日據」を使うことを決定。中央及び地方の官庁に対して「日據」の使用を求める通達を出した。台湾の人々にとって、この論争は何を意味しているのだろうか。

 

中華民国史観

 「日治」も「日據」も同じ「日本統治」という意味である。ただ、漢字の面白さでもあるのだが、「日治」だと日本統治の合法性を強調したニュアンスにあり、「日據」では逆に違法性を強調したニュアンスになる。なぜなら「治」は中立的な言葉だが、「據」には軍隊などの勢力が無理やり占領しているという意味が含まれているからだ。

 この問題は、日本の台湾統治を台湾の人々がどう考えるか、日本の台湾統治は合法的なものと見なすのかどうかという本質的な問題にかかわってくる。

 日本は日清戦争に勝利した結果、下関条約によって台湾を清朝から割譲された。日本にとっては清朝との正式な外交文書の取り決めで決まったことであり、違法性がないことは当時の国際常識でもあった。その意味で、台湾は日本の領土であり、世界もそれを認めていた。

 しかし、第2次世界大戦の敗北によって、日本は「日本が清朝から盗み取った領土」を返還すると定めたカイロ宣言の順守をうたったポツダム宣言を受託した。この時点で、台湾の領有について、中国の立場からすれば日本に奪われたのであり、合法性がないから返還されるのだというロジックが生まれた。

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執筆者プロフィール
野嶋剛
野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
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