池内恵
執筆者:池内恵 2021年12月11日
エリア: 中東 北米

2021年の中東を回顧する(1)親米・反米陣営の横断と歩み寄り

2021年12月11日 21:46

サウジのムハンマド皇太子がGCC諸国を歴訪

 サウジのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が、12月6日から10日にかけて、湾岸協力会議(GCC)諸国の5カ国を歴訪した。オマーン(6日)アラブ首長国連邦(UAE)アブダビ(7日)同ドバイ(8日)カタール(9日)バーレーン(10日)クウェート(10日)と、5日間で5つの国(6つの首長国)を駆け足で回ったムハンマド皇太子の外交ツアーは、湾岸地域の結束を固め、地域内の敵対国との不和も乗り越えようとした、2021年の外交の締めくくりにふさわしい。

 米トランプ前大統領が、イランに対して「最大限の圧力」政策を掲げ、湾岸産油国の親米諸国に追随を迫った(ただしイランによる反発と見られる2019年9月のサウジ・アラムコの石油施設の攻撃に対しても、トランプ政権は目立った懲罰行動を行わなかったが)2017年ー2020年から、バイデン政権が対イラン宥和策に傾いた2021年にかけて、湾岸産油国の姿勢も大きく転換した。

GCCのカタールとの和解

 年初の1月5日、サウジアラビアのアル=ウラーで開かれたGCC首脳会議を、サウジのムハンマド皇太子が主催し、カタールを招待し、アル=ウラー宣言を発出して、和解に転じた。サウジアラビアは2017年6月に対カタール国交断絶を行い、他のGCC諸国やアラブ諸国に追随を呼びかけていた。サウジアラビアの領土から突き出た半島の地勢を有するカタールに対して、禁輸措置や上空飛行禁止措置を取り、ほとんど交戦状態とすら見えかねない強硬的政策を行っていた。サウジが主導して、カタールに外交姿勢の全面的転換と屈服を要求する「13箇条の要求」を突きつけ、それらの完全遵守がなければ国交回復はない、と宣言していた。

 カタールがそれらの要求を何一つ受け入れることがないにもかかわらず、サウジはカタールとの和解に踏み切り、一年を通して、関係改善の機会を多く持った。9月17日には、ムハンマド皇太子は、カタールのタミーム首長を紅海のリゾートに誘い、UAEの最高実力者でムハンマド・ビン・ザーイド・アブダビ皇太子の弟のタフヌーン・ビン・ザーイド補佐官と共に、私服でくつろぐ写真を公表した。これは政策転換がかなり本気であることを示した。

イランへの歩み寄り

 カタールとの和解の先には、イランへの歩み寄りがあった。近年の中東国際政治で、あたかも前提条件となる確固たる事実であるかのように語られてきたのが「サウジ主導のスンニ派・親米陣営とイラン主導のシーア派・反米陣営」への分断と対立であるが、これを横断する交渉が、今年を通じて、水面下で行われてきたと見られる。

 歩み寄りを公開のものとしたのが、イランとサウジがせめぎ合ってきたイラクで、8月28日カーズィミー首相が主催した国際会議への、イランのアブドラヒアン外相とサウジのファイサル・ビン・ファルハーン外相の参加である。

 この会議の集合写真は、今年の中東地域の国際政治を動きを総括するような、象徴的なものだった。ここ5年から10年ほどの中東国際政治で、ほぼ同席することがなかった、さまざまな対立関係の当事国の大統領・国王や外相が、一堂に会しているのである。

 ムスリム同胞団を弾圧するエジプト大統領とムスリム同胞団を支援してきたカタール首長が同席し、イスタンブールでのカショギ氏暗殺が発覚して苦境に立たされたサウジの外相と、それを責め立ててきたトルコの外相が並んでいる。フランスのマクロン大統領がいるが、米国は大統領や副大統領どころか、国務長官すらきていない。米国の不在、親米・反米陣営間の対立の棚上げが、今年のトレンドだったと言えよう。

 また、この記念撮影でイランのアブドラヒアン外相が、閣僚級が立つ二列目ではなく、国家元首が立つ一列目に平気で立ってしまったことも、話題になった。

 イランでは8月に保守強硬派のライースィーが大統領に就任し、ロウハーニー政権で外相を務めてきた欧米に受けのいいザリーフ外相は退任。ライースィー大統領と政治姿勢を同じくするアブドラヒアン外相が就任したが、初めての外交的舞台で早速「やらかし」た形だ。意図したことではなかったのかもしれないが、体格も良く、アラビア語も若干解するアブドラヒアン外相は、アラブ諸国に対して「占領国の高等弁務官」であるかのように振る舞っているように見えかねない。しかしこれがイランの現在の立場だろう。サウジは屈辱を表に出さず、イランと交渉を続けているようだ。

トルコ包囲網の緩和

 ムスリム同胞団への支援でカタールと協調し、サウジ・UAEによる対カタール圧迫を、軍部隊を派遣して守ってきたトルコは、かつてアラブ世界の多くを支配したオスマン帝国の後継国家でもあり、近年の台頭は、サウジアラビアやUAEやエジプトに不快感と、ある種の脅威認識をもたらしている。

 中東諸国の抱く対トルコの脅威認識をコーディネートし、各国を束ねて自陣営に招き入れる外交努力を弛まず続けてきたのが、イスラエルである。イスラエルがUAEなどと2020年9月に調印し、広げようとしている「アブラハム合意」も、当面の共通の敵はイランであるものの、長期的には対トルコの脅威認識を共有する諸国を糾合する意味を持っている。

 イスラエル主導の対トルコ包囲網は、トルコの宿敵ギリシアやキプロスとエジプトを繋ぎ、これにペルシア湾岸のサウジアラビアやUAEを加えて広がっていった。イスラエルが設定した対トルコ包囲網の形成により、トルコはあたかも小人たちに大地に縛り付けられたガリバーのような不自由さを感じつつあった。

 このトルコに対して、2021年中に、サウジやUAE、およびエジプトが水面下で歩み寄りの動きを取り始めた。

先んじるUAEアブダビのムハンマド皇太子

 ここでサウジやエジプトに先んじて大胆な行動を取ったのが、UAEアブダビのムハンマド皇太子である。11月24日にムハンマド皇太子は9年ぶりにトルコ・アンカラを訪問し、エルドアン大統領と会談した。事前に流通した2012年の両者の会談の際の写真は、あたかも、「アラブの春」後のエジプトやリビアへの介入をめぐって対立してきたこの間の不和の時代をなかったことにしようとする希望を表しているかのようだった。

 アブダビのムハンマド皇太子はこれに続き、タフヌーン補佐官をイランに送り、カウンターパートであるイランのシャムハーニー最高安全保障会議書記のみならず、ライースィー大統領やアブドラヒアン外相と会談させ、ライースィー大統領のUAE訪問を招請した。

 サウジ等の他国・兄弟国に先駆けてイスラエルと国交を結んだUAEが、トルコやイランへの接近にも先手を打つことで、対イスラエル関係にどう影響するかはまだ分からない。少なくとも、イスラエル・UAE関係は、これらの動きにも関わらず、安全保障や先端科学技術、通商貿易の諸方面で、強化していくようである。

 2021年は、8月の米国のアフガニスタン撤退、ターリバーンの政権奪取(およびそれを米国が黙認・正当化する)という出来事に象徴されるように、中東への米国の関与の意思の減退が明確・決定的に印象づけられた年であった。それによって、親米か反米かという陣営分けも急速に曖昧になっていった。これが2021年の中東を回顧する時に、不可欠の項目となるだろう。

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執筆者プロフィール
池内恵 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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