飛行機に遅れはつきもの――。誰もがそう思い込んでいる最近だが、これは空の便を選ぶことで“時間を買っている”利用者が甘んじて受け入れるべきことなのか。恒常的な遅延の背景には、我が国の主要空港が抱える「特殊事情」に加え、航空会社が定時性を重視しなくなった「甘え」があるのではないか。日本航空での勤務経験を持つ、桜美林大学航空マネジメント学群教授の戸崎肇氏が問題点を指摘する。
劣化する航空会社の定時性
羽田空港は世界的に見ても超混雑空港であるといっていいだろう。都心に近く、利便性は高い。アクセスも、モノレールや京急など公共交通機関が充実しているし、リムジンバスの路線も豊富だ。今後も、モノレールの都心部へのさらなる延伸など、アクセスの改善は継続して図られていくことになっている。
その利用者の多さゆえに、羽田空港には滑走路が4本もあるのに、早朝などラッシュアワーには航空機の混雑が激しく、離陸までにかかる時間が長くなりやすい問題がある。東京―大阪のような短い路線だと、搭乗している時間より、離陸するまでの時間の方が長いこともあるくらいだ。
こうして到着機の遅れが生じることで、次便の遅延発生率が高まるという悪循環に陥る。現在では、5分から10分程度の遅れは当たり前のこととしなければならないし、利用者もむしろ10分程度で済むのならば幸運であると捉えるような事態となっている。あるいは、パイロットに「できる限り遅延をなくそう」という焦りが生じることは、今年相次いでいる航空機事故やトラブルとも無縁ではないだろう。
問題なのは、このような空港の事情による飛行機の遅延が、全国的に多発していることだ。
確かに、時間に鷹揚な国々が世界では一般的であり、鉄道同様、数分から数十分程度の遅れに敏感に反応する利用者、ならびに航空会社に違和感を覚える人の方がおかしいのかもしれない。
しかし、こうした時間へのこだわりこそが、日本のサービスが高く評価されてきた1つの大きな要因となってきたのだ。
なぜ日本の航空会社の定時性は劣化してきたのか。その原因を日本の空港事情、そして航空会社自身のスタンスの問題として以下検証していく。
羽田空港を悩ませる米軍横田基地の存在
羽田空港は、国際線、国内線いずれにおいても、現在、日本の中心空港である。成田空港の存在もあるが、2010年10月に羽田空港が再国際化したことにより、国際線の主力も利便性の高い羽田空港に移行していったことは否定できない。その結果、羽田空港はその混雑度を極限まで増すことになり、それが遅延の増加にもつながっている。
しかし、なぜ羽田空港はこのような問題を10年以上も解決できないままなのだろうか。それは米空軍・横田基地の存在があるからだ。
羽田空港の周辺の空域は、隣接する横田基地の空域(横田空域)、そして成田空港の空域とも隣接していて、自由な飛行ルートが設定しにくい事情がある。特に横田空域の存在は問題で、その領域には日本の航空機は許可なしに進入することさえできないのだ。
そのため、日本の航空機は、この空域を避けるために大幅な遠回りをするか、離陸後に急激に上昇して当該空域の上空を通過しなければならない。西日本から羽田空港に向かう便を利用した人の中には、大島上空から千葉県の房総半島を通過し、それから反転して首都圏上空を経て羽田空港に着陸するというルートを通ったことがある人も多いだろう。なぜまっすぐ羽田空港に最短距離で向かわないのか、腹立たしく思った人もいるはずだ。航空会社としても、最短距離で飛んだ方が燃料コストも安くつくし、定時性も確保しやすい。
だが、日本は、これからも横田空域の存在を前提とした航空行政を行っていかざるを得ないだろう。アメリカにとっては、首都圏に近い場所に拠点を置くことは政治的にも軍事的にも極めて大きな意味をもち、今後もこの空域を日本側に返還するということはまず考えられないからだ。石原慎太郎氏が東京都知事だった時代には、東京都は、横田空域の返還を求める運動を行っていたが、交渉の当事者の国土交通省の話では、アメリカ側はこのテーマの交渉には全く応じなかったということであった。
第5滑走路を建設すれば現状の混雑問題は解決できるという主張も見受けられるが、「空域問題」が横たわる以上、その効果は限定的で、遅延の問題の解消にはなかなかつながらないだろうと考えられる。そもそも第5滑走路を建設できるような場所を見出すこと自体が難しいし、この厳しい財政の中、滑走路建設のための巨額の資金をどのように工面するかという問題も重くのしかかる。
「乗客の権利」を侵害する福岡空港の「門限問題」
遅延が常態化しているのは羽田だけではない。福岡空港や那覇空港などの地域の中心的空港も、特有の問題を抱えている。
福岡空港は羽田空港以上に都心からのアクセスがよく(博多駅まで地下鉄で5分、天神駅まで10分ほど)、世界でも有数の利便性の高い空港といえる。そして福岡はアジア諸国に近く、特に韓国からの来訪者が多い。
そんな福岡空港であるが、滑走路は1本だけであり、しかも市街地に近いため、騒音対策の必要性から、運用時間は7時から22時までに制限されている。この制限のために、最近では大きな注目を集めた「事件」があった。
2023年2月、羽田空港を18時30分に出発予定だった航空機が約1時間半遅れたために福岡空港の「門限」にひっかかってしまい、関西空港にダイバート(行先変更)し、さらにそこから出発地の羽田空港に戻ったのである。羽田空港に帰り着いたのは、深夜2時50分であった。
この間、乗客は狭い機内に長時間にわたって「閉じ込められた」ことになる。これは、日本では論じられていなかったが、欧米で主張されてきた「パッセンジャー・ライツ(乗客の権利)」を侵害するものでもある。
欧米では、かねてより悪天候などで長時間離陸待ちをすることで乗客が精神的・肉体的苦痛を被ることが問題視されていて、適切なサービスを享受する「乗客の権利」が強く訴えられてきた。例えば、アメリカのLCC(格安航空会社)の中には、パイロットに出来高制の賃金制度を導入したところがあった。この制度の下では、パイロットは実際に航空機を運航させなければ賃金を受け取ることができないため、たとえ悪天候であっても、何とか飛べるタイミングを待って、長時間でも離陸の体制を維持することになる。それがパッセンジャー・ライツの侵害につながっていったのだ。
福岡空港の「門限問題」は、パッセンジャー・ライツを侵害する典型例といえる。現在は、近隣の北九州空港へのダイバートを可能とすることで一応の決着ははかられているが、そもそもは根本の原因である門限を見直すことの方が重要ではないだろうか。
福岡空港では2本目の滑走路が2025年3月に供用開始予定であり、そうなれば遅延問題もある程度は解消されるだろう。しかし、厳しい門限がある限り、問題は残る。
技術進歩により、航空機の騒音は、規制が実施されたときよりもはるかに静かなものになっている。また、都市部における生活の24時間化も進んできた。22時という時間の捉え方も過去と現在では違っているだろう。門限の見直しは、最終便をめぐる夜間帯における航空便の集中緩和にも役立ち、遅延の防止にも資する可能性がある。
なお、那覇空港も福岡空港と同様、多くの航空会社が乗り入れる空港でありながら、滑走路が1本しかない空港として、全国的な遅延の1つの原因となってきた。そこで対策が求められ、2020年3月、那覇空港で新しい第2滑走路が供用開始された。
しかし、この第2滑走路は空港ターミナルからかなり離れた沖合に建設されたため、滑走路とターミナルビルの間の移動に時間がかかり、同じ航空機を使った次便の遅延につながる事例も出てきている。
滑走路も「ただ増やせばいい」という話ではないのだ。
航空会社にも定時運行を軽んじる「甘え」が
最後に航空会社側のスタンスについて見てみよう。
世界的な航空会社間の競争の激化、ならびにLCCの台頭により、大手の航空会社も従来のような余裕のある運航スケジュールをたてることをしなくなった。LCC同様、航空機を最大限稼働させなければならないという考えを抱くようになり、着陸してから次の離陸までの間隔を以前よりもタイトにしてきている。
こうしていったんどこかで遅延が生じれば、それが後続の便に受け継がれていき、最終的にはかなりの遅れとなりかねない体質となっているようだ。
もはや、定時性の維持は航空会社にとって、それほど重要ではなくなったのでは、と考えざるを得ない。
たとえば、地上職員も、定時運行よりもとにかくマニュアル通りに顧客を取り扱うという姿勢が目立つ。安全性に支障をきたすというのであれば問題はあるが、そうでないならば、たとえ機内清掃の手間を若干省いてでも、定刻に飛ばそうというスタッフの気概があってもいいはずだ。それが全く感じられなくなっているのは筆者が古い世代に属しているからか。
筆者が空港で勤務していたときには、課長が、安全性を保ちながらも定刻で飛ばすための融通を利かせた判断を下し、部下もそれに応じて定時性を守るために情熱を燃やす気概があった。なぜなら、航空機を利用する中には、特にビジネスパーソンなど、速く移動することの時間的価値を購入している人が多くいるという認識が共有されていたからである。
遅延を諸事情から当然許されるものとして考える「甘え」が航空会社側にあるとするならば、それも問題ではないだろうか。