毎日新聞×読売新聞「戦争記者」対談 
8月ジャーナリズムと戦後80年【前編】

取材しているのは「終わった戦争」ではなく「未完の戦争」

執筆者:栗原俊雄
執筆者:前田啓介
2025年8月9日
タグ: 歴史 日本
毎日新聞・栗原記者(左)と読売新聞・前田記者(右)は1年中“戦争ネタ”を追う
先の戦争を振り返り、検証する報道が例年にも増して大々的に行われる戦後80年。周年の記念にも、終戦記念日前後に戦争報道が集中する「8月ジャーナリズム」にも左右されずに取材を続ける二人の記者が、「戦争報道にこだわる理由」を語り合った。

栗原俊雄(くりはらとしお)

毎日新聞社記者。1967年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒、同大学院修士課程修了。96年毎日新聞入社。2020年から編集局学芸部の専門記者(日本近現代史、戦後補償史)。『戦艦大和 生還者たちの証言から』(岩波新書、2007年)、『特攻 戦争と日本人』(中公新書、2015年)、『戦後補償裁判 民間人たちの終わらない「戦争」』(NHK出版新書、2016年)他著書多数。

近刊は『大日本いじめ帝国 戦場・学校・銃後にはびこる暴力』(中央公論新社、2025年7月8日)、『戦争と報道 「八月ジャーナリズム」は終わらない』(岩波ブックレット、2025年8月6日)、『米軍戦闘機から見た太平洋戦争 ガンカメラが捉えた空戦・空襲』(光文社新書、2025年8月20日発売予定)。

前田啓介(まえだけいすけ)

読売新聞記者。1981年生まれ。滋賀県出身。上智大学大学院修士課程修了。2008年、読売新聞東京本社入社。長野支局、社会部などを経て、編集局文化部で近現代史や論壇を担当。著書に『辻政信の真実 失踪60年─―伝説の作戦参謀の謎を追う』(小学館新書、2021年)、『昭和の参謀』(講談社現代新書、2022年)、『おかしゅうて、やがてかなしき 映画監督・岡本喜八と戦中派の肖像』(集英社新書、2024年)。

発見に関わった侍従武官の坪島文雄の日記が『侍従武官 坪島文雄日記 上』(中央公論新社、黒沢文貴・飯島直樹編)として2025年8月7日に刊行。10月下旬には、戦中派の死生観に関する著書を講談社現代新書から刊行予定。

戦争報道は新聞社にとっても「安心感」がある

――まずお二人にお伺いしますが、「8月ジャーナリズム」とは何ですか。

 

栗原 新聞やテレビといったマスメディアは8月になると、特に8月15日までの期間、集中的に先の戦争について報道します。一方でその前後、特に8月が終わった後はどうかというと、まあほぼほぼしない。8月だけ突出して戦争報道が多いわけです。

 他はせいぜい6月(23日、沖縄慰霊の日)や、3月(10日、東京大空襲の日)に小さな山があるくらいかな。それらと比べても、富士山のように独立峰としてそびえ立つのが8月の終戦記念日で、そういう現象を「8月ジャーナリズム」などと呼ぶことがあります。
なぜそうなったのかと言えば、ひとつは日本古来の風習として死者を悼むお盆の時期と重なっている。それから、僕自身はそういう言葉は使わないですけど、業界では「ハチロク・ハチキュウ」なんて言い方もあります。本社でも使う人がいますが、読売さんでは言わないですか?

前田 私は言わないですね。もしかしたら使っている人もいるかもしれないですけど。

栗原 僕も最初は同業他社の人が使っているのを聞いて驚いたんですけど、8月6日の広島、8月9日の長崎への原爆投下を指して「ハチロク・ハチキュウ」と言う人がいる。広島出身の学生さんに聞いたら、メディアに限らず使う人はいるみたいです。

 要するに、8月に集中して戦争報道をやるのがある種の決まりごとになっているわけです。

前田 私もそういう理解ですね。

 

――半ば義務的に、8月になったら戦争報道をやらなければ、という空気が社内にあるのでしょうか。

 

栗原 まあ、言葉にするまでもなく全社的にコンセンサスがあって、やるのが当然という雰囲気ですね。僕もデスクを3年やりましたけど、歴代のデスクも記者も8月ジャーナリズムの記事を書いてきたわけです。何十年も。だから何というか、ひとつのパッケージ、文法になっている。

 あと、どこまで自覚しているかわからないけど、おそらく書いてる記者もデスクも、編集部全体に何となく安心感があるんだと思います。

 戦争報道って、最後は「やっぱり戦争はしちゃいけないよね」という結論に落ち着きます。それを表立って否定できる人はそんなにいない。いたとしてもごく一部でしょう。水戸黄門の印籠みたいなもので、読者も結論はわかっている。わかっているけど知りたい。安心できるというのはそういう意味で、「自分たちはそんなに変なことを言っていない」と自信が持てる。そういうことで繰り返されている面もあるのかな。

前田 現実問題として、世の中では日々色々な事象が起きています。今まさに目の前で起こっている事件がある中で、1年中ずっと過去の戦争について報道するのはなかなか難しい。ですから、たとえ8月限定でも、1カ月くらい集中して戦争の特集をしてくれることは、むしろありがたいことだと思っています。

 記者もみんながみんな戦争取材に関心があるわけではなく、上司から命じられたとか、それぞれの事情で仕事をしています。1年間ずっと戦争に関心を持ってもらうのは難しい。私自身は8月に限らず勝手に取材していますが、それはやりたい人がやればいい。

 なので、私は8月ジャーナリズムに対して否定的に考えたことはまったくありません。むしろ肯定的に捉えていて、8月ですらやらなくなった時のことを考えると、やっぱり重要なことではないでしょうか。

栗原 新聞記者には、スペシャリストではなくジェネラリストであることが求められます。何か大きな出来事があると、短期間に詳しくなる必要がある。例えば、みんなもう忘れちゃっていると思いますけど、SARS(重症急性呼吸器症候群)だとか国立競技場問題だとか、アゴヒゲアザラシのタマちゃんだとか(笑)。その時々の話題に短い時間でパパッと詳しくなって、専門家に話を聞いて記事を書く。そういう能力が求められます。

 だから新聞社のシステム的に、戦争報道に限らずひとつのことに特化している記者というのは極めて稀です。

前田 私も栗原さんも、別に社内で「戦争報道だけやっていていいよ」とお墨付きを与えられているわけではない。戦後70年の時や、今の戦後80年はそれに注力する取材班ができて、私も入っていますが、そういう節目の年以外は、担当の仕事をやった上で、関心のある戦争についての記事を書くことを求められています。

栗原 主観的には、当たり前ですけど給料分の仕事はちゃんとやっています。

 戦争取材に取り組んで20年以上経ちますが、取材は年々難しくなっています。当事者が加速度的に少なくなるし、世間の関心もメディアのあり方も、この20年で大きく変わりました。20年前はインターネットもSNSも今ほど普及していなかった。1日24時間しかないのは変わらないのに、娯楽の選択肢は爆発的に増えた。風変わりな大統領が地球の裏側でつぶやいたことが、あっという間にニュースになる。

 だからこそそういう時代に、8月だけとはいえ、80年前に終わった戦争、正確には“終わったと思われている”戦争の話題を報道するって、大変な意義があると思うんです。

若い記者たちが戦争に触れる貴重な機会

前田 やっぱり戦争に関する話が紙面に載りやすいのは8月です。例えば、11月に戦争関連の記事を載せようと思うと、相応の理由が必要となります。同じ記事でも8月ならもう少し大きい記事になっていたかなということはありますけど、8月でないとダメということはありません。

栗原 あと12月8日(日米開戦の日)は、どんな話題であれ戦争関連の記事は載りやすいですよね。

前田 はい。それに加えてアッツ島の戦いの5月とか、レイテ沖海戦の10月とか、大きな節目の戦いに何とかこじつけながら紙面を取っていく感じですね。

 当事者や遺族にとって8月かどうかなんて関係ありません。それは別に戦争に限らず事故で家族を亡くした方と同じように、戦没者のことを思う気持ちは1年中変わりません。だから「マスコミは8月だけしか取材しない」と批判する方の気持ちはよくわかります。

 私自身は年中戦争の取材をしてますけど、一方で8月しか取材に行けない記者の事情も理解できます。だって、理由もないのに当事者やご遺族に会いに行くのは実際難しいですよ。記事になるアテもないのに「ちょっと話を聞かせてくれ」と訪ねて行って、「これは、いつ、どこに載るんだ」と聞かれたら困りますよね。

 そういう意味では、大半の記者にとっては季節を合わせるしか方法がない気もします。新聞業界が斜陽などと言われる中で、記事になるかわからない話を聴くために出張するのも相当大変なことです。

栗原 若い記者には特に難しいですね。

前田 本来は、8月に記事にするならもっと前から訪ねて行って、人間関係を築いて……というのが理想なんでしょうけど、金銭的余裕と時間的余裕を考えると厳しいですよね。しかも、よっぽど強い関心がないとそういうことはできないと思います。

毎日新聞・栗原記者

栗原 つい先日、6月23日の慰霊の日に合わせて沖縄に行ってきました。ちょうど糸満で新たに戦没者のご遺骨が発掘されたんです。しかも粉砕骨ではなく、明らかに個体として埋葬されたと思われるご遺骨ですから、かなり珍しい。その取材で偶然、初対面の若い学生さん二人と一緒になりました。その二人は記者志望ではないんですが、若い人が戦争体験者の話を聞いたりすることはやはり意義があります。

 いまだに遺骨を探している遺族がいるとか、国に救済を求めて裁判をしているとか、そういう姿を見れば「これはいくら何でも報じたほうがいいんじゃないか」と思う人が少なからずいるはずです。若い記者だと会社から行けと言われるかもしれないし、8月だからとりあえず取材するという人もいるかもしれないけど、教育の場としても機能していると思います。

カテゴリ: 社会 カルチャー
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執筆者プロフィール
栗原俊雄(くりはらとしお) 毎日新聞社記者。1967年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒、同大学院修士課程修了。96年毎日新聞入社。2020年から編集局学芸部の専門記者(日本近現代史、戦後補償史)。著書に『戦艦大和 生還者たちの証言から』(岩波新書、2007年)、『勲章 知られざる素顔』(岩波新書、2011年)、『シベリア抑留は「過去」なのか』(岩波ブックレット、2011年)、『20世紀遺跡 帝国の記憶を歩く』(角川学芸出版、2012年)、『遺骨 戦没者三一〇万人の戦後史』(岩波新書、2015年)、『「昭和天皇実録」と戦争』(山川出版社、2015年)、『戦後補償裁判 民間人たちの終わらない「戦争」』(NHK出版新書、2016年)、『特攻 戦争と日本人』(中公新書、2015年)、『シベリア抑留 最後の帰還者 家族をつないだ52通のハガキ』(角川新書、2018年)、『東京大空襲の戦後史』(岩波新書、2022年)、『戦争の教訓 為政者は間違え、代償は庶民が払う』(実業之日本社、2022年)、『硫黄島に眠る戦没者 見捨てられた兵士たちの戦後史』(岩波書店、2023年)、『大日本いじめ帝国 戦場・学校・銃後にはびこる暴力』(中央公論新社、2025年)、『戦争と報道 「八月ジャーナリズム」は終わらない』(岩波ブックレット、2025年)他。
執筆者プロフィール
前田啓介(まえだけいすけ) 読売新聞記者。1981年生まれ。滋賀県出身。上智大学大学院修士課程修了。2008年、読売新聞東京本社入社。長野支局、社会部などを経て、編集局文化部で近現代史や論壇を担当。著書に『辻政信の真実 失踪60年─伝説の作戦参謀の謎を追う』(小学館新書、2021年)、『昭和の参謀』(講談社現代新書、2022年)、『おかしゅうて、やがてかなしき 映画監督・岡本喜八と戦中派の肖像』(集英社新書、2024年)。
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