Bookworm (23)

柚月裕子『凶犬の眼』

評者:大森 望(翻訳家・評論家)

2018年6月16日
タグ: イタリア 日本

映画化で話題『孤狼の血』の
続編、今回も“熱い”!

ゆづき・ゆうこ 1968年、岩手県生まれ。2008年に『臨床真理』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、デビュー。16年、『孤狼の血』で日本推理作家協会賞を受賞。

 昭和末期の広島県呉原市(モデルは呉市)を舞台とする柚月裕子の長編ミステリ『孤狼の血』が出たのは3年前の夏。警察小説版『仁義なき戦い』とも言うべきド迫力が評判を呼び、日本推理作家協会賞を受賞。「警察じゃけぇ、何をしてもえぇんじゃ」という役所広司の(原作にはない)名台詞をキャッチフレーズに、本家(?)の東映による映画化も実現した。細部の設定や筋立て(とくに結末)はかなり改変されているが、ヒリヒリする緊張感と濃密すぎる空気は鮮やかに映像化されている。
 その待望の続編となる本書『凶犬の眼』は、『孤狼の血』の2年後、平成2年に始まる。広島ローカルの暴力団抗争劇を描いた前作に対し、今回の下敷きは、史上最大とも言われる山一抗争(山口組vs一和会)。
 もっとも、主人公の日岡秀一(前作の映画版で松坂桃李が演じた広島大卒の警察官)は、前年、広島県北部の山奥にある駐在所に飛ばされてきたので、その日常はいたってのどか。前任者から引き継いだ90㏄の黒バイで管区を回り、顔見知りの住人に野菜や川魚を分けてもらう。
 が、呉原時代に行きつけだった小料理屋を久々に訪ねた日岡は、偶然、驚くべき人物と遭遇する。国光寛郎、35歳。広域暴力団・心和会の常任理事にして、義誠連合会会長。日本最大の暴力団・明石組の4代目組長暗殺事件の首謀者として、殺人幇助の容疑で指名手配中の男だった。
 武闘派の経済ヤクザとしてつとに名を馳せる国光は、日岡に堂々と身分を明かしたうえで、自分にはまだやることがあるから少し時間をくれと広島弁で言い放ち、「目処(めど)がついたら、必ずあんたに手錠を嵌(は)めてもらう」と約束する。
 前作の大上にかわって、今回の核になるのがこの国光寛郎。ヤクザと警察官という立場を超えた、日岡との奇妙な“男の友情”が熱く描かれる。著者インタビューによれば、国光には実在のモデルがいるそうだが(“ヤクザの中のヤクザ”と呼ばれ、4代目山口組組長暗殺チームを指揮したとして無期懲役の判決を受けた人物)、彼との関係を通して日岡は警察官として成長してゆく。
 江口洋介が演じた一之瀬守孝や、ピエール瀧が演じた瀧井銀次など、『孤狼の血』でおなじみの脇役たちも再登場するほか、終盤にはまさに映画的な見せ場が用意され、読者の期待を裏切らない。こちらもぜひ映画化してほしい。なお、3部作の完結編となるらしい『暴虎の牙』が、現在、岩手日報に連載中。

カテゴリ: 社会 カルチャー
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