EUの来た道(下)それでも「統合」は進んでいる

渡邊啓貴
ユーロ導入に繋がる成果を残したシュミット西独首相(右)とジスカールデスタン仏大統領(共に当時)(1974年6月、フランス・パリ)(C)AFP=時事

 欧州統合の発想は、ロベール・シューマン仏外相の提案「シュ-マン宣言」を基礎とする欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)、その後1958年に発効したEEC設立条約(ロ-マ条約)に受け継がれていった。シューマンが1950年にラジオでシューマン宣言を発表した5月9日は「ヨーロッパ・デー」としてEUの記念日(ナショナル・デー)となっている。それは2つの大戦争の背景となった独仏の和解を前提としたヨーロッパの平和のための構想であった。石炭鉄鋼は当時の基幹産業である。それを、独仏が伊・ベネルクス3国とともに共有するということは、当時としては大変な画期的出来事であった。

「欧州統合の父」はコニャック商人 

 シューマンに統合の進言をしたのが、「欧州の父」と呼ばれるジャン・モネだった。モネはもともとフランスのコニャック市で生を受け、家業のコニャク商を引き継いで16歳のときからロンドンでビジネスの修業をはじめ、その後アメリカ、上海にも駐在した。当時のフランスではまれな、英語に堪能な第1級の国際ビジネスマンだった。
 第1次世界大戦中は小麦の買い付けや英仏の米国産武器の共同購入など物資供給を目的とする連合国間の協力のために奔走し、その活躍を評価されて第1次世界大戦後の1919年から23年にかけては国際連盟事務次長を務めた。第2次世界大戦中には英仏のために再び連合軍の物資輸送の責任者となり、米国との経済協力の交渉役となった。いわばフランスの対米ロビーの有力者だった。
 モネは回想録の中で、「フランスの興亡はヨーロッパとともにあり」「ヨーロッパを取り囲む情勢、脅威、そしてアメリカの努力に対応するためには、ヨーロッパ建設の努力をしなければならない。これには(独仏を中心とする)西ヨーロッパ連邦の結成以外に道はない」と語っていた。

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執筆者プロフィール
渡邊啓貴
渡邊啓貴 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1954年生れ。パリ第一大学大学院博士課程修了、パリ高等研究大学院・リヨン高等師範大学校客員教授、シグール研究センター(ジョージ・ワシントン大学)客員研究員、在仏日本大使館広報文化担当公使(2008-10)を経て現在に至る。著書に『ミッテラン時代のフランス』(芦書房)、『フランス現代史』(中公新書)、『ポスト帝国』(駿河台出版社)、『米欧同盟の協調と対立』『ヨーロッパ国際関係史』(ともに有斐閣)『シャルル・ドゴ-ル』(慶應義塾大学出版会)『フランス文化外交戦略に学ぶ』(大修館書店)『現代フランス 「栄光の時代」の終焉 欧州への活路』(岩波書店)など。
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