ロダンも挑んだ「ヌード」という「芸術」

オーギュスト・ロダン《接吻》(部分) 
1901~4年 ペンテリコン大理石 182.2×121.9×153.0㎝
Tate: Purchased with assistance from theArt Fund and public contributions 1953,image © Tate, London 2017

 

 誰もが持つ肉体を美の象徴として、愛の表現として、多くの芸術家が表現し続けてきた「ヌード」。しかし、一方でヌードは常に芸術家が生きた社会を纏い、世間と摩擦を生み出してきた。

 そんな社会の変遷を語る「ヌード」に焦点を当て、世界屈指の近現代美術コレクションと先進的な活動で美術界をリードしてきたイギリス「テート」の所蔵作品で構成する展覧会「ヌード NUDE ――英国テート・コレクションより」が、3月24日から横浜美術館で開催される。

 この展覧会には、「西洋美術における裸体表現」をテーマに、19世紀後半のヴィクトリア朝の神話画や歴史画から現代の身体表現まで、134点の様々な「ヌード」が集結する。これまで「ヌード」をテーマにした大規模展は前例が少なく、挑戦的な試みになるという。フレデリック・レイトンの理想化された裸体、ピエール・ボナールらの身近な人を描いた親密なヌード、オーギュスト・ロダンの大理石彫刻、シュルレアリスムの裸体表現、挑戦的なバークレー・L・ヘンドリックスやシンディ・シャーマンなど、時代を追って芸術表現の変化を辿ることができるのだ。

理想化された体

ピエール・ボナール《浴室》 
1925年 油彩、カンヴァス 86×120.6cm
Tate: Presented by Lord Ivor SpencerChurchill through the Contemporary ArtSociety 1930, image© Tate, London 2017

 「人は裸で生まれてくるものなのに、成長する過程でいろんな知識を持ち、社会と関わっていくうちに、ヌードの位置付けや見せ方、イメージが定着してしまう。それは時代や国によって異なります。ですから、ヌードを見れば美術の歴史のみならず、その社会背景を知ることもできるのです」と語るのは、横浜美術館学芸員の長谷川珠緒さん。本展は時代に沿って、「物語とヌード」「親密な眼差し」「モダン・ヌード」「エロティック・ヌード」「レアリスムとシュルレアリスム」「肉体を捉える筆触」「身体の政治性」「儚き身体」の8セクションに分かれ、「エロティック・ヌード」のみ時代を超えて「愛と性」をテーマにした作品で構成されている。

 「いつの時代になってもヌードは永遠のテーマであり続けていること、古い時代ばかりではなく、現代まで時代を通してヌードを語ることにも、この展覧会の意義を感じています。

アンリ・マティス《布をまとう裸婦》 
1936年 油彩、カンヴァス 45.7×37.5cm
Tate: Purchased 1959, image © Tate,London 2017

 最初のセクションの『物語とヌード』では、19世紀イギリスのヴィクトリア朝時代に描かれた古典文学や神話、聖書に題材を求めた歴史画を展示しますが、ヌードは“歴史画”としてでなければ描けませんでした。そうして描かれた裸体は、甘美でなめらかな理想化されたものばかり。その中で、ジョン・エヴァレット・ミレイは《ナイト・エラント(遍歴の騎士)》で豊満な裸体を写実的に描き、批判を浴びました。また、この時代、女性画家は男性のヌードを描くことは許されていませんでしたが、アンナ・リー・メリットは《締め出された愛》でキューピッドの後ろ姿を描き、“少年の裸体”ということでかろうじて認められた。結婚後すぐに亡くなった夫への思慕が込められていると言われています。このように各セクションとも、実は意図的に男女両方の作家を取り上げています。どちらかだけというセクションはありません。

 続くセクションでは、19世紀後半から描かれ始めた、物語に由来しない同時代の女性をモデルとしたヌードを展示します。『親密な眼差し』のテーマ通り、作品にはモデルが画家と親しい関係ではないと見せないような情景が見られ、主題が変化してきたことがわかります」

 エドガー・ドガの《浴槽の女性》やボナールの《浴室》、またオーギュスト・ルノワールやアンリ・マティスなど、「親密な眼差し」セクションの作品を見れば、こちらが画家たちの日常を窃視しているかのような錯覚にも囚われる。

性教育の教科書にも

 第3セクションの「モダン・ヌード」では、身体を新たな視点で捉え、造形的なアプローチを見出した20世紀初頭のキュビスムやヴォーティシズム、そして彫刻において抽象的な表現を試みたヘンリー・ムーアやアルベルト・ジャコメッティなどを紹介。そして、第4セクションの「エロティック・ヌード」には、様々な画家の「愛し合う人間の姿」が展示されているが、日本初公開となるロダンの大理石彫刻《接吻》は、やはり見逃せない。

 「ロダンの代表的な作品としては、《考える人》や《バルザック》が挙げられると思います。《バルザック》は体を少し後ろに反らせたバルザックが、足元までの長いコートを着ている像ですが、今でこそ斬新な表現と捉えられる作風も当時は酷評されました。ロダンはあえて、この《バルザック》と《接吻》を同時期に発表しています。革新的な《バルザック》が批判を浴びるだろうことを予測したロダンが、伝統的な手法で誰もが美しいと感じる《接吻》も世に送り出し、一種のかけひきをしていたと思われます」

 《接吻》の像で愛し合う2人は、ダンテの『神曲』に登場するフランチェスカ・ダ・リミニと、その夫の弟パオロ・マラテスタの悲恋を題材にしている。

 「《考える人》と《接吻》は当初、1880年にフランス政府がロダンに制作を依頼した《地獄の門》の一部として構想されたものです。最終的にこのモチーフは《地獄の門》からはずれ、普遍的な真実の愛を表す作品として独立したものとなります。ロダンの生存中に制作された大理石像の《接吻》はわずか3体。最初の作品は、1888年にフランス政府が注文したもので、1898年パリで展示されるやいなや、個人コレクター2人が同じものを発注しました。この2つのうちの1体が、テート所蔵の《接吻》です。コレクターのオーダーで、ギリシアのペンテリコン大理石を使用することや男性器を彫り込むことなどが指定されていて、3体の《接吻》は同じ形ではあってもそれぞれユニーク。今回展示される《接吻》がこの中でもっとも美しいとされており、大理石の白すぎない艶やかな風合いが、2人の身体のなまめかしさを引き立てています。2017年はロダン没後100年で、フランスでは大きな展覧会があったり、映画が公開されていたのですが、この作品が印刷された切手も発行されました。またフランスの性教育の教科書の表紙にも使用されていたそうです。“真実の愛”として語られているのでしょう」

非公開となった《接吻》

 しかし、発表当時は高い評価を受けたこの像も、1913年、発注主が居住地であったイギリス・ルイス市の市庁舎へ作品を貸し出したところ、不倫を扱っている上にエロティック過ぎると、シーツで覆い隠されてしまう。発注主の没後、買い手がつかないままだった《接吻》を、1953年にテートが購入し、再評価されるに至った。

 「日本でもロダンは雑誌『白樺』を通して紹介され、ブロンズ像の《接吻》が1924年、『フランス現代美術展』で展示されることになったのですが、東京での公開直前になり、“わいせつ”だという理由で、警視庁から撤去を求められました。美術関係者が反対するも、最終的には特別室に押し込められて非公開になってしまいます。

 昨年12月にも、バルテュスの《夢見るテレーズ》が、子どもを性の対象として観るようなものではないかと、メトロポリタン美術館(アメリカ)の展示から撤去するよう署名活動が行われましたし、今回のヌード展も広告という点で難しさがありましたから、“芸術”と“風紀”と“検閲”に関しては、現代も状況が変わっていない部分があるのかもしれません。

 しかし、この《接吻》はロダンが目指した“人間の普遍の姿を表現”した究極の形ですから、人と人とのつながりが薄れていく現代、未来に向けて、私たちが鑑賞する意味があるのではないかと思っています」

渦巻く熱い空気感

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ベッドに横たわるスイス人の裸の少女とその相手》(「スイス人物」スケッチブックより) 
1802年 黒鉛・水彩、紙 16.3×19.8cm
Tate: Accepted by the nation as part ofthe Turner Bequest 1856, image © Tate,London 2017

 そして、この「エロティック・ヌード」セクションでは、注目したい画家が他にもいる。

 「風景画の巨匠として知られるジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの貴重なヌードデッサンは、なかなか観ることができない作品です。実は彼のこうしたデッサンは、イギリスの王立アカデミーの会員でもあり、巨匠でもあったターナーの名声を傷つけるものだとして、多くが焼却処分されてしまったと言われています。残っている貴重な作品から今回展示するのは、プライベートでスケッチ旅行に行った際に、売春宿で男女の性行為を覗き見しているデッサンなどですが、オーダーされて描いたものとはまた違う活き活きとしたものを感じます。ターナーらしいのは、行為自体を細かく描いているのではなく、もやもやとその場に渦巻く熱い空気感を表していること。まだヌードを公にできなかった時代、プライベートで描いていたこうした絵に秘められた画家の真のエネルギーを感じることができるかもしれません。

 ディヴィッド・ホックニーのエッチング《23、4歳のふたりの男子》(「C.P.カヴァフィスの14編の詩」のための挿絵より)は、エジプトの詩人カヴァフィスの詩に触発されて制作したと言われますが、1966年は同性愛自体が法律で禁じられていた時代。男性2人がベッドの中で過ごす様子には当然、画家自身の経験も反映されており、ここにも画家の“挑戦”が見られます。性行為における女性の優位性を示した女性画家ルイーズ・ブルジョアの作品もコミカルでおもしろい」

女性の見られ方”を問い直す

 時代が下ると、ヌードはフェミニズムの影響を受け、裸体表現が政治的主張の場となることもあった。第7セクションの「身体の政治性」では、これまでの男性の視線から女性を見るという力関係に異を唱える作品が並ぶ。

バークレー・L・ヘンドリックス《ファミリー・ジュールス:NNN[ノー・ネイキッド・ニガー(裸の黒人は存在しない)]》 
1974年 油彩、麻布 168.1×183.2cm
Lent by the American Fund for the TateGallery, courtesy of the North AmericanAcquisitions Committee 2011, image ©Tate, London 2017, ©Estate of BarkleyL. Hendricks. Courtesy

「リンダーのフォトモンタージュは裸体の女性の頭をアイロンやティーポットに置き換え、女性を性の対象、主婦としてのみ見ているのではないかと“提言”しています。バークレー・L・ヘンドリックスは古典的な絵画に見られる白人女性の『オダリスク』のポーズを、黒人男性に替えている。男性が座るソファの左端に掛けられた衣類には、この様子をうかがうかのような白人女性がさりげなく描かれています。あまり目にしたことのない作品で、見た途端、大きな衝撃を受けました。そして、シルビア・スレイは『オダリスク』の男性版を描いています。モデルは自身の恋人で親密さを伝えてもいますが、“男性がオダリスクを描く視点で、私は男性を描いているのですよ”というメッセージも併せ持つ。男性の中には、凝視できないという人もいます」

 最後の第8セクション「儚き身体」では、ヌードを“儚く移ろいゆくもの”として捉えており、表現はさらに進化していく。

 「女性作家シンディ・シャーマンのセルフポートレイトは、グラビア写真に着想を得たもので、撮影の終わったモデルがバスタオルを体に掛けているというシチュエーションを作っている。男性の視線をなぞらえるように自分自身を撮影して、社会における“女性の見られ方”を問い直しています。同じ写真でも、撮影するのが男性と女性ではまったく意味が異なってくることを、彼女は示しているのです。

 人間の儚さと母の強さを感じるのは、出産直後、生れたばかりの赤ちゃんを抱いた女性を撮影したリネケ・ダイクストラの写真。足に血が伝わり落ちていたり、帝王切開の跡が残っていたりと、体は傷つき、疲労感を漂わせてもいますが、女性たちが命をしっかりと抱いて立っている姿にはまた、闘志のようなものさえ感じます。

 展覧会の最後を締めくくるのが、フィオナ・バナーの《吐き出されたヌード》。ヌードモデルをディスクリプションする(見たものを言葉に変換すること)パフォーマンスの後に、その言葉として書き連ねて作品に仕上げています。すでにモデルと画家の1対1の関係が崩れ、観客とも視点を共有しているという、これまでの作品とはまた一線を画す試みです」

 本展はオーストラリアほか4カ国を巡回する国際展だが、ロバート・メイプルソープやフランシス・ベーコンの油彩作品など日本だけで展示されるものがある。

「当館のコレクションから加えたメイプルソープは、人種や性別を超えて作品を表現した写真作家。ヌードの歴史では非常に重要な位置にいます。光と影で作り出したイメージは彫刻的で、人の心を捉えます。ベーコンはテートの水彩画に加え、富山県美術館、東京国立近代美術館からそれぞれ1点ずつ油彩のヌードをお借りすることができました」

 現代においても未だ「タブー」の領域に触れるヌード。「芸術」か否か、画家たちが挑戦し続けたその歴史を、改めて見直したい。

 

ヌード NUDE ―英国テート・コレクションより

会期:3月24日(土)~6月24日(日)

会場横浜美術館

休館日:木曜日、5月7日(月)※ただし5月3日(木・祝)は開館

開館時間:10:00~18:00 ※ただし、5月11日(金)・6月8日(金)は20:30まで

     (入館は閉館の30分前まで)

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執筆者プロフィール
フォーサイト編集部 フォーサイト編集部です。電子書籍元年とも言われるメディアの激変期に、ウェブメディアとしてスタートすることになりました。 ウェブの世界には、速報性、双方向性など、紙媒体とは違った可能性があり、技術革新とともにその可能性はさらに広がっていくでしょう。 会員の皆様のご意見をお聞きし、お力をお借りしながら、新しいメディアの形を模索していきたいと考えております。 ご意見・ご要望は「お問い合わせフォーム」や編集部ブログ、Twitterなどで常に受け付けております。 お気軽に声をお聞かせください。よろしくお願いいたします。
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