憤り幻滅する「Z世代のアメリカ」(下)――広がる禁書、「読む自由」を求める学生たち

執筆者:三牧聖子 2023年8月13日
エリア: 北米
保守派保護者団体「自由のための母たち」は、デサンティス・フロリダ州知事を「親のための知事」と呼ぶ[「自由のための母たち」が開催した「親の権利(parental rights)サミット」でスピーチするデサンティス氏=2023年6月30日、ペンシルベニア州フィラデルフィア]
連邦最高裁の保守化に反発する一方で、それが民主党バイデン政権の支持へと単純にはつながらないところにミレニアル・Z世代の憤りと幻滅の深さがある。有権者の半分を占める両世代の政治不信はどこに向かうか。州レベルでも保守派の保護者団体による禁書運動が広がりを見せており、禁書や学校教育の問題は2024年大統領選の1つの争点となっていきそうだ。(本稿前篇の〈同性カップルへのサービス拒否を「表現の自由」と認めた最高裁判決〉はこちらからお読みになれます)

3. 州レベルでも脅かされる若者の自由

■禁書運動で「アンネの日記」も対象に

 いま、州レベルでも多くの地域で若者の思想や表現の自由を深刻に脅かす問題が浮上している。子どもにとって「有害」とされた図書を公立学校や図書館から撤去する動きが全米各地で活発化しているのだ。非営利団体ペン・アメリカの調査によれば、2021年7月から2022年6月にかけて、32州の138の学校区で1648冊の本が規制対象となり、読めなくなった18。「アンネの日記」やノーベル文学賞作家のトニ・モリスンの「青い眼がほしい」なども対象とされた。性の目覚めや、父親による性的暴行のシーン等が問題視されたためだ。

 この禁書の動きも、前編でも紹介した、保守的な州で広まるLGBTQ差別の動きと連動している。ペン・アメリカが禁書となった1648冊の内容を調査したところによると、最も多かったのは、主要登場人物やテーマがLGBTQ関連の図書だった。保護者から、「子どもたちの性自認に混乱をもたらす」といった抗議が寄せられたためだ。

■デサンティスを「親のための知事」と呼ぶ保護者団体

 アメリカ国民はこの禁書の動きをどう見ているのだろうか。アメリカ図書館協会が2022年に実施した調査では、民主党・共和党支持に関係なく7割の有権者が禁書に反対し、保護者でも6割が反対だった19。ワシントンポスト紙が2021年から2022年にかけて各地の図書館に寄せられた図書の撤去要請を精査したところ、1人で10件以上の申告した人が、全体の3分の2を占めた20。アクティブな少数者が、禁書運動の中心となっていることがわかる。

 この件で昨今注目を浴びているのが、「自由のための母たち(Moms For Liberty)」という保守派の保護者団体だ。学校で子どもにどのような教育を受けさせるかについての親の「自由」を掲げて禁書運動にも積極的に携わってきた。アメリカでは、学校の図書館にどのような本を置くかは各地の教育委員会が判断するが、「自由のための母たち」ら保守的な保護者グループは、通常は関心を浴びることがほとんどない教育委員の選挙に多額の資金を投じ、自分たちの求めに応じて禁書を実行に移す人物を大量に当選させてきた。

 昨今、「自由のための母たち」は共和党の有力政治家との結びつきをますます強めている。6月の終わりには、2024年大統領選の共和党有力候補であるトランプやフロリダ州知事のロン・デサンティスなどを招いて大々的にイベントを開催した21。とりわけ、公立学校でLGBTQについて教えることを禁じる「ゲイと言うな法」など、反LGBTQ政策を強力に推し進めてきたデサンティスは、この団体に所属する母たちから「親のための知事」と呼ばれ、親しまれている。

 保守派の保護者たちが中心となって進めてきた恣意的な禁書の動きに対し、Z世代はさまざまな抵抗を行っている。……

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
三牧聖子(みまきせいこ) 同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科准教授。国際関係論、外交史、平和研究、アメリカ研究。東京大学教養学部卒、同大大学院総合文化研究科で博士号取得(学術)。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学助手、米国ハーバード大学、ジョンズホプキンズ大学研究員、高崎経済大学准教授等を経て2022年より現職。2019年より『朝日新聞』論壇委員も務める。著書に『戦争違法化運動の時代-「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』(名古屋大学出版会、2014年、アメリカ学会清水博賞)、『私たちが声を上げるとき アメリカを変えた10の問い』(集英社新書)、『日本は本当に戦争に備えるのですか?:虚構の「有事」と真のリスク』(大月書店)、『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書) など、共訳・解説に『リベラリズムー失われた歴史と現在』(ヘレナ・ローゼンブラット著、青土社)。
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