池内恵
執筆者:池内恵 2021年12月12日
カテゴリ: 政治 軍事・防衛
エリア: 中東 アフリカ

2021年の中東を回顧する(2)民主化の逆行:スーダン・チュニジア・リビアにエジプト軍政モデルは伝播するか?

2021年12月12日 12:45

「民主主義のためのサミット」での中東諸国の不在

 バイデン米大統領が呼びかけた「民主主義のためのサミット(The Summit for Democracy)」が12月9日と10日、オンラインで行われた。台湾も含む111の国が参加したとされる。「権威主義に対する防衛」「汚職への対応と闘い」「人権の促進」という三つのテーマについて各国首脳が報告し、議論したこのサミットに、中東からの参加国はイスラエルとイラクのみだった。

 中東は一般に民主主義不毛の地、各種の権威主義体制が隆盛を極める地域として知られるが、それなりの誇るべき民主主義の歴史を持つ国はいくつかある。

 筆頭がトルコであり、たとえばエルドアン大統領率いるAKP(公正発展党)の2002年以来の統治は、長期政権の弊害もあり、大統領の個人独裁、専制化、非自由主義化、汚職の広がりなどが指摘されるが、そうはいってもエルドアンもAKPも、国際水準からはかなり自由で公正な選挙で繰り返し勝利して政権を維持してきた。トルコが招かれなかった理由は何だろうか。

 凋落著しいレバノンも、かつてはアラブ諸国でほぼ唯一の民主主義体制の国として知られ、宗派主義による社会の分断を維持したまま民主的妥協に繋げる多極共存型民主主義の一例として称揚されていた時期すらある。イラクの現在の体制も、レバノンで積み重ねられた宗派主義・多民族国家の民主主義の制度を取り入れた面がある。

 また、モロッコやクウェートなどのように、アラブ諸国の君主制の国では、君主が排他的な統治権を持ちつつも、議会に一定の権限や責任を負わせ、一定の野党の活動も許していく場合がある。

 ペルシア湾岸産油国では、君主による指名制が主で、立法権や行政監視の権限を持たない諮問評議会が多く設置されているが、評議員の民選の幅を広げていく試みがある。2021年は、カタールの諮問評議会が、一定の議席について評議員選挙を行い、初の「国政選挙」として注目を集めた。カタールの諮問評議会は閣僚の罷免や法案提出など、権限を拡大するようである。

 端緒についた、これらのさまざまな形の民主主義を支えていく懐の深さは、バイデン政権にはないようである。

「アラブの春」から10年:民主化の逆行の更なる進展

 2011年1月に、大規模デモでチュニジア、エジプトの専制的な体制が揺らぎ相次いで崩壊したことをきっかけにアラブ諸国に広がった「アラブの春」から、今年2021年は10年の節目だった。10年の間に「アラブの春」における民主化の試みへの挫折や逆行が相次いだが、今年は民主化への逆行が更にいくつも顕在化する年となった。

 特筆すべきは、チュニジアとスーダンでの「クーデタ」である。

チュニジア

 チュニジアでは7月25日、カイス・サイード大統領がテレビ演説で、ヒシェム・ムシーシ首相を解任し、議会(国民代表議会)の30日間の停止を発表した(議会停止はその後も追加措置で延長されている)。議員の免責特権を停止する措置を発表し、議会第1党であるイスラーム主義のナフダ党などの活動に強い制約をかけていく姿勢である。

 サイード大統領は大統領府で治安関係者代表との緊急会合を行った上でこの措置を表明したことから、現職大統領による、軍や内務省の支持を得た、拡大権限・非常権限の掌握として「クーデタ」と批判的な視点からはみなされるが、大統領側は、憲法80条の緊急事態における大統領の特別措置の規定を適用したものであり、合法・合憲的な措置であると主張している。 

 2014年1月に制定されたチュニジアの「アラブの春」後の憲法は、大統領の権限を外交・安全保障の面に限定し、大統領は議会の解散権を持たず、議会によって選ばれた首相に行政権を付与している。これは「混合議会制」とも呼ばれる。ベン=アリー政権の独裁への反省から、2014年憲法では、大統領への権限集中を避け、権力を分散させる統治機構の設計がなされている。サイード大統領は7月のクーデタではその理念を覆して議会を解散し、行政府を一旦「解体」した。

 サイード大統領は9月22日に、緊急事態下の特別措置の追加措置を発表して、当面の統治体制を示している。9月29日には、首相に女性の大学教授ナジュラ・ブーデン=ラマダーン氏を任命し、ブーデン=ラマダーン首相は10月11日に組閣を発表し、大統領の下でテクノクラート主体の内閣が行政権を行使していくことになった。女性の首相や閣僚など、欧米の政府・市民社会の好感を得ようとする試みも目立つ。

 クーデタに先立ち、「アラブの春」後も収まらない経済停滞が、コロナ禍によってさらに悪化し、抗議のデモが頻発していたが、その矛先は、前首相と解任された内閣、その背後にある議会と第1党のナフダ党に向けられていた。これに乗じて、大統領が、軍・治安機構とも謀り、緊急事態を主張して議会・首相から権限を剥奪した。その後の追加措置の内容からは、権限が大統領に集中する大統領制に、体制を恒久的に戻すことを志向していると見るのが順当だろう。

スーダン

 スーダンでは10月25日に、軍が暫定政権の文民内閣を解散させ、ハムドゥーク暫定首相など閣僚を拘束・軟禁状態に置いた。スーダンは2019年4月11日のクーデタで、1989年以来30年続いてきたオマル・バシールの政権が打倒された。同年7月5日に結ばれた合意に基づき、8月21日、暫定軍事評議会と民主化勢力の自由変革同盟により、3年3ヶ月にわたる暫定的な統治期間における最高機関として主権評議会が発足した。主権評議会の議長にはアブドゥルファッターハ・アブドッラフマーン・ブルハーン中将が、暫定首相には経済学者のアブドッラー・ハムドゥークが就任して、軍民共同の暫定統治の枠組みが発足した。

 主権評議会は軍人5人と文民6人から構成され、2022年に選挙を実施し文民政権に復帰させるという工程表が定められた。工程表によれば、2021年11月に、議長職が軍人のブルハーン中将から、文民に渡ることになっており、この権限委譲を前に軍人と文民の権力闘争が激化していた。2021年9月21日には旧バシール政権の軍関係者を中心としたクーデター未遂が発覚し、これは防がれたものの、同年10月14日にブルハーン議長がハムドゥーク首相に内閣総辞職を要求し、拒否されていた。10月25日のクーデタは軍による権限移譲への抵抗の一環と見られる。

 クーデタ直後から、米国は民政移管のプロセスを維持するよう要求し、ブリンケン国務長官がハムドゥーク暫定首相と電話会談を行うなど、軍への圧力を維持した。軍への抗議のデモも大規模に続き、軍の単独の統治には困難が伴う。11月21日、軍はハムドゥーク暫定首相を復職させ、ブルハーン中将とハムドゥーク首相との新たな権限分担の合意書に調印して見せたが、自由変革同盟など民主化勢力は合意書を認めていない。軍の支配下での民政移管の道には困難さが増している。

「エジプト・モデル」の伝播?

 チュニジアの例、スーダンの例でいずれも見え隠れするのが、北アフリカ地域における「エジプト・モデル」とも言うべきものの根強さである。エジプトは2011年の「アラブの春」で、チュニジアに続いて大規模デモで政権の打倒を果たすと、早期に選挙を行い、ムスリム同胞団の議会掌握、ムスリム同胞団のムルスィー候補による2012年6月の大統領選挙での勝利、大統領への就任といった、体制移行において先んじた。それと共に、2013年7月のスィースィー元帥の率いるクーデタと、軍主導の議会の制圧、憲法の再制定などによって、民主化の阻止、権威主義体制の再構築・再強化でも先行した。

 チュニジアやスーダンは、エジプトと事情が異なっており、単純な適用はできない。しかしスーダンで2019年4月のクーデタでは軍が仲裁者のような立場を取って文民の政治指導者と権限を分け合い、2021年10月のクーデタでは文民政治指導者を放逐しようとしたところには、エジプトで2011年のムバーラク政権崩壊時に軍が示した中立・仲裁者としての姿勢を、2013年7月のクーデタで転じてムスリム同胞団の指導者を非合法化し排斥した展開と、どこか似通っている。チュニジアの2021年7月以来の動きも、背後にいる軍・治安機構と協力しつつ、スィースィー元帥が大統領として行った権力の集中に倣ったかのように見える面がある。

「アラブの春」を指導したのがエジプトの活力ある社会であったように、10年後、「アラブの春」をきっかけとした政治変動を封じ込める「抑圧の冬」においても、エジプトの軍部とそれに拠る支配勢力は、指導性を発揮しているようである。

 エジプトの西の隣国リビアでは、12月24日に、2019年から延期されてきた大統領選挙の、第1回投票が行われる予定である。ここでエジプトの軍部が支援してきた、リビア東部の軍閥ハフタル将軍が出馬を表明し、認められている。選挙の操作、あるいは安定を求める市民の支持によって当選することがあると、エジプト・モデルとも言うべき、軍主導の秩序を重視した体制が、エジプトの南のスーダンに続き、西のリビアにも成立することになる。2011年の「アラブの春」で失脚し殺害された最高指導者ムアンマル・カダフィの次男のサイフル=イスラーム・カダフィ氏も出馬を認められており、「カダフィ家の世襲か、ハフタル将軍の軍閥支配か」という究極の選択を、リビア市民は選挙で強いられかねない。

 もちろん、リビアの場合は、選挙結果が全土で認められるとも選挙に勝った勢力が全土に支配を及ぼせるとも限らず、内戦が持続する可能性も依然として高い。

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執筆者プロフィール
池内恵 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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