死ぬための生き方:老人は「気兼ね」ばかり

徳岡孝夫
執筆者:徳岡孝夫 2016年9月10日
カテゴリ: 社会 政治 文化・歴史

 例の舛添要一・前東京都知事の公私混同、パリその他への大尽旅行を調査した弁護士先生が記者会見して「結論を申しますと違法性は認められませんでした」と語ったのを書斎のラジオ・ニュースに聞いて私は成程なあと思った。
 そりゃそうだろう。弁護士方には前もって謝った上で申し上げるが、殺人で起訴された暴力団の親分を「傷害致死にしてやった」とニンマリ笑って話すのが、弁護士先生のお仕事の一部分ではないんだろうか。
 そのうえ弁護士の先生方は、憲法に定められた基本的人権をお守りになると同時に、舛添氏を依頼人とする法律の専門家である。この比喩をお許し願いたいが、どこの世界に飼い主に噛みつくポチがいるだろう。とにかく舛添事件は、首都に波乱を残して終わった。目が悪く、テレビを見ることの出来ない私もひと息ついた。と思っていたら某週刊誌から電話があった。舛添氏の代りに東京都から誰かがリオデジャネイロの閉会式へ、五輪旗を受け取りに行かねばならない。リオのホテルはどこも満員で、予約を取ろうと思えば6000万円掛かる。舛添氏の予約はすでにキャンセルされている。どうしたらよかろう、というのである。
 私は答えた。
「受け取りに行く人に伝えて下さい。ナップザックにパスポートとシュラーフを入れ、安いリオ行きの便に乗るようにと。ホテルの空いた部屋が完全ゼロなんて都会、この地球上に存在しませんよ」
 私はそう答え、週刊誌の記者は納得した。もし本当に空き部屋ゼロならコパカバーナでもイパネマでもいい、冬の浜辺にシュラーフを広げて寝ればいいのである。東京の都民税を節約するため、ここに寝ておりますと言えば、ロイター通信が話題にして全世界に流し、都庁役人は一躍グローバルな英雄になるだろう。
 ええ加減を言っているのではない。私は実際にその手法でホテルを見つけたことがある。
 いまを去る五十数年、東京にオリンピックがあり、私は34歳だった。今日では死語になったが、「昭和ヒトケタ」。
 大阪社会部でサツ回りをしているところへデスクから命令が下った。
 ギリシャのオリンピアへ赴き、そこから国産車3台を駆って東京の国立競技場へ開会式までにユーラシア大陸を走ってこいという。
「ギリシャからインドのカルカッタまで、聖火の中継点を全部縫ってこい。ダイハツがクルマの専門家を4人出すが、隊長(実際は渉外係)はお前だ」という命令であった。
 アテネの外港ピレウスへ車を送り、オリンピアで村長とのインタビューをし、走りながら計算すると、インドのカルカッタには50日後に着かねばならない。
 いまなら通過するシリアで、IS(イスラム国)や政府軍、反政府軍に少なくとも3度は殺されているだろう。1964年には、シリアの修羅場を通る前に、ギリシャとトルコの一触即発の国境を越えるという危険な業があった。
 ギリシャとトルコは、キプロス問題で睨み合っている。
 国境は、どうにか越えた。だがイスタンブール到着が予定より大幅に遅れた。ホテルの予約はしていないし、クルマの旅では予約できるわけがない。
 さいわい広場で深夜の歌謡ショーをやっている。大勢の客がいる。そこへ、私たちは3台の日本国産車を停めた。寄って来る人々に向かって、私は叫んだ。
「東京でオリンピックがある。われわれは、ここから東京まで帰る。誰かこの近所にホテルを知ってませんか」
 英語で怒鳴った。すると3度目くらいに反応があった。
「ホテルは知らんが、ついその先にスタジオがある。泊めてくれるはずだよ」
 この一声で、私たちのホテル問題は解決した。以後50日、イラク、イランを横切りインド亜大陸を突っ走り、無事われわれを待つ貨物船に間に合った。あげく神戸に着いた3台を鹿児島に回送、聖火リレーのコースを辿って、開会式数日前に東京・国立競技場の聖火台の前に安着した。
 私は自慢したいのではない。全世界何十万人ものバックパッカーが、これと同じ方法で地球を歩いているのである。体面があるから、リオで舛添さんと同じクラスのホテルに泊まりたい? 冗談はよしてくれ。税金で行くのだ。

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執筆者プロフィール
徳岡孝夫
徳岡孝夫 1930年大阪府生れ。京都大学文学部卒。毎日新聞社に入り、大阪本社社会部、サンデー毎日、英文毎日記者を務める。ベトナム戦争中には東南アジア特派員。1985年、学芸部編集委員を最後に退社、フリーに。主著に『五衰の人―三島由紀夫私記―』(第10回新潮学芸賞受賞)、『妻の肖像』『「民主主義」を疑え!』。訳書に、A・トフラー『第三の波』、D・キーン『日本文学史』など。86年に菊池寛賞受賞。
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