《vs.アマゾン》カーン米FTC委員長、深謀遠慮の「連戦連敗」だが薄れる勝算

執筆者:岩田太郎 2023年9月19日
タグ: 訴訟
エリア: 北米

カーン委員長は反トラスト法の主目的に関する法律家の合意を覆そうとしている[連邦議会下院司法委員会公聴会に臨むカーン氏=2023年7月13日、アメリカ・ワシントンDC](C)EPA=時事

大手IT企業を次々と提訴してきたカーン委員長率いるFTCは「連戦連敗」を続けている。今月末にもアマゾンを反トラスト法違反で提訴すると見られるが、アマゾンは意に介さないスタンスだ。なぜか。①そもそもカーン氏は反トラスト法の法理論自体をアップデートしようとしている。②カーン氏の狙う本丸は提訴を通じた新立法の枠組み作り。敗訴はある意味で必然。③ただし、頼みの議会立法はIT業界のロビー活動と党派対立で望み薄に。--ゆえにFTCの部分的勝訴もあり得るが、カーン氏の目標達成は難しい。

 電子商取引の巨人である米アマゾンの「不公正な競争」に、34歳のリナ・カーン委員長率いる米連邦取引委員会(FTC)が戦いを挑んでいる。

 FTCは満を持して、アマゾンの外部販売業者(出品者)向けサービス「マーケットプレイス」における優越的地位の濫用をめぐる反トラスト法(独占禁止法)訴訟を今月末にも提起する。

 カーン氏は、イェール大学の法科大学院生であった2017年1月に「アマゾンの反トラストの逆説(Amazon’s Antitrust Paradox)」と題した鋭敏な論文を発表し、アマゾンをはじめ巨大IT企業の市場独占による弊害を指摘して一躍注目を集めた。卒業後は米下院司法委員会の法律顧問を務め、コロンビア大学法科大学院の准教授として教鞭を執り、2021年6月にジョー・バイデン大統領の指名を受けてFTC委員長に就任している。

 反トラストの執行強化による競争促進はバイデン政権の経済政策の重要なのひとつであり、カーン氏の手腕には大きな期待がかかる。しかし、就任後2年を経てテック大手各社との戦いで軒並み劣勢を強いられている。

 彼女の前に立ちはだかる障害は何なのか。それらを克服する見込みはあるのか。反トラスト法と米テック大手の近未来を読み解く。

FTCを挑発するアマゾン

 カーンFTC委員長は現在、米フォーブス誌が「彼女のキャリアを決定づけるものになる」と論評する一連の訴訟をアマゾンに対して提起している。すなわち、同社のバーチャルアシスタントの「アレクサ」やスマートドアベル「リング」をめぐるプライバシー侵害、さらに会員制のプライムサービスへの同意のない登録および解約しづらい手順といった「ダークパターン」に関する3件の裁判だ。

 このうち、プライバシー侵害に関しては5月に、アマゾンがFTCに合計3080万ドル(約45億円)の罰金を支払うことで和解している。

 しかし、4件目となるオンラインマーケットプレイスをめぐる裁判は、アマゾンが米国で37.8%のシェアを占める主力事業が対象であり、「本丸」と位置付けられる。アマゾンの物流サービスを利用する出品者が翌日配送など条件面で優遇される一方で、利用しない出品者は不利に扱われる。その上、すべての出品者に対し検索結果でより良い位置を得るためにアマゾン・マーケットプレイス上に広告枠を購入するよう強制されるなど、プラットフォーム運用者としての優越的地位を濫用して「弱い者いじめ」が行われているという主張だ。

 事実、アマゾンのマーケットプレイスの市場シェアが米小売最大手ウォルマートなど競合の追い上げを受けて低下を続ける一方で、アマゾンが外部出品者に物流サービスを提供する「フルフィルメント・バイ・アマゾン」の出品者に対する委託手数料は2020年から3年の間に30%以上値上げされている。このため、マーケットプレイス上の広告やプロモーションによる目立つ表示などに対する支払も合わせると、商品によっては売上の50%以上をアマゾンにもっていかれる場合もあると、米調査企業のマーケットプレイス・パルスは分析している。

アマゾンのオンラインマーケットプレイスの市場シェアが低下を続ける中、出品者から徴収する手数料収入は増加中だ 出典: Bloomberg

 今回のFTCによる訴訟は、アマゾンそのものを解体する可能性のある包括的な反トラスト法訴訟だとされる。

 ところが、最悪の場合に企業分割という結果をもたらす可能性のあるFTCの訴訟準備に対して、アマゾンは極めて挑発的で露骨な行動で応えた。フルフィルメント・バイ・アマゾンを使わずにプライム会員に販売を行う出品者は10月から、売上の2%をプラットフォーム利用手数料としてアマゾンに支払わなければならなくなったからだ。手数料がより「安価」なアマゾンの物流サービス利用を出品者に強いる措置である。

 オンラインマーケットプレイス関連のコンサルタント企業である米アベニューセブン・メディアのジェイソン・ボイスCEOは、「FTCの反トラスト訴訟を待つ中でアマゾンが取った行動は、同社がまったくFTCを怖れていないことを示している」と指摘する。早い話が、カーン委員長はアマゾンになめられているのだ。

見込みがない訴訟に公費を浪費との批判

 なぜアマゾンはFTCの反トラスト訴訟が怖くないのだろうか。……

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
岩田太郎(いわたたろう) 在米ジャーナリスト 米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。現在、米国の経済を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などの紙媒体に発表する一方、『ビジネス+IT』『ドットワールド』や『Japan In-Depth』などウェブメディアにも寄稿する。海外大物の長時間インタビューも手掛けており、IT最先端トレンド・金融・マクロ経済・企業分析などの記事執筆が得意分野。「時代の流れを一歩先取りする分析」を心掛ける。noteでも記事を執筆中。https://note.com/otosanusagi
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