医療崩壊 (79)

今冬のコロナ変異株「EG.5」は感染力大:高齢者にワクチン追加接種が欠かせない

執筆者:上昌広 2023年10月4日
エリア: アジア
追加接種を積極的に受けることが、普段通りの生活の維持につながる(Photo AC)
新たに承認されたオミクロン株対応1価ワクチン(XBB.1.5)は、今冬に流行が予想されるEG.5.1などの変異株にも有効である可能性が高い。日本の異常な超過死亡数増加は、コロナ禍で自宅に閉じこもった高齢者が健康を害したことが理由だ。追加接種を積極的に受け、普段通りの生活を維持するべきだ。

 9月20日からコロナワクチンの追加接種が始まった。オミクロン変異株(XBB.1.5)対応1価ワクチンで、流行開始から7回目の集団接種になる。

 外来診療をしていると、「何度もワクチンを打っています。今回はどうしたらいいですか」と聞かれることがある。このような質問を受けると、「高齢者や持病を有する人は、今回も打った方がいい」と勧めることにしている。本稿では、その理由について解説したい。

日常生活の激変が病気を誘発する

 筆者がワクチン接種を勧めるのは、感染や重症化の予防だけが理由ではない。ワクチンを接種することで、コロナ流行下でも普段通りの生活を送ることが出来るからだ。

 今夏、80代の知人が大動脈解離で緊急入院した。一命は取りとめたが、長期にわたる入院生活を続けている。なぜ、知人は大動脈解離を発症したのか。様々な要因が影響しているだろうが、私はコロナ禍での日常生活が激変した影響が大きいと考えている。

 患者は剣道の先生だった。若い頃は全国的に知られた有名選手で、コロナ前まで剣道を指導していた。剣道は打突のときに掛け声を出す。その際、大量の唾液や飛沫が飛ぶため、クラスターが発生する可能性がある。現に、2020年4月には愛知県警の剣道特別訓練員の間で10人以上の集団感染が発生した。このため、全日本剣道連盟はコロナ禍での対人稽古の自粛を要請した。コロナの流行が始まると、知人は自宅に閉じこもるようになった。

 大動脈解離の主たる原因は高血圧だ。長年にわたり稽古を続けてきた知人が、自宅に閉じこもればどうなるかは想像に難くない。孫は「筋肉が一気に衰え、元気がなくなりました」と言う。こうなると高血圧などの持病は悪化しやすい。感染を避けるために自宅に篭ることは諸刃の剣になりかねない。

 このことは統計的にも明らかだ。我が国の人口は2019年と比較し、2022年には1.5%も減  ってしまった。主要先進7カ国、東アジア4カ国・地域(日本、中国、韓国、台湾)で人口が減少したのは、日本以外にはイタリア(1.16%減)しかない。

 では、どんな理由で亡くなったのか。老衰、心疾患、誤嚥性肺炎などで亡くなった人が増えた。厚生労働省の人口動態調査によれば、2019年と比べ、2022年の人口10万人あたりの死亡者数は166人増えたが、その内訳は老衰48人増(49%増)、心疾患22人増(14%増)、誤嚥性肺炎13人増(41%増)だった。一方、この間のコロナの死者数は38人増に過ぎない。コロナ死者数の3.4倍、それ以外の原因による死亡が増加したことになる。

 これが日本で人口減が進んだ理由だ。老衰、心疾患、誤嚥性肺炎は、体力が低下した高齢者が起こしやすい。感染を恐れた高齢者が、自宅に閉じこもり、健康を害したのだろう。知人のようなケースが全国で起こっていたことになる。

世界に衝撃を与えた日本の超過死亡数

 実は、このことは既に海外からも指摘されていた。2022年3月10日に、米ワシントン大学の研究チームが、英『ランセット』誌に74カ国と地域を対象に、2020年1月から21年12月までの超過死亡を推定した論文を発表した。この研究で、日本の超過死亡数は11万1000人と推定され、確認されたコロナによる死者1万8400人の6.0倍だった。この数字は、経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中で最大だった(図1)。

図1

 この研究における日本のデータは世界に衝撃を与えた。『ランセット』の論文が公表されたのと同日、英『ネイチャー』誌も、この研究をニュースとして紹介し、「にわかには信じがたい結果で、研究手法に問題があるのではないか」という主旨の専門家のコメントまで紹介した。

 ワシントン大学の研究結果は、我が国の死亡統計の結果とも一致する。その主張は概ね正しいだろう。当時から、世界は日本の特殊な超過死亡の状況に興味を抱いていたのだが、残念なことに日本のマスコミは、どこもこの研究結果を報じなかった。このことは、我が国のコロナ対策の最大の問題と考えている。

 日本で、コロナ以外の理由で超過死亡が増えたのはやむを得ない面もある。日本は高齢化が進んでいるからだ。2022年の日本の高齢化率(65歳以上人口の割合)は29.9%で、主要先進7カ国、東アジア4カ国・地域においては、2位のイタリア(24.1%)を大きく上回りダントツの首位だ。

 ただ、ドイツ(22.4%)、フランス(21.7%)のような高齢化が進んだ先進国で、コロナ禍の間に、それぞれ0.27%、0.35%人口が増加している。移民の影響もあり、日本との単純な比較には注意を要するが、この差は注目に値する。図2は主要国の高齢化率と、超過死亡数とコロナ死亡数の比率の関係を示した図だ。日本の状況が如何に特殊かご理解いただけるだろう。

図2

 なぜ、こんなことになるのだろうか。私は、我が国で緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置の期間が長かったことに注目している。2020~22年にかけては、約350日間何らかの規制の下にあった。こんなに長期間、規制を強いてきた国は日本くらいだ。さらに、テレビでは連日のように政府関係者や有識者が「勝負の3週間」などと感染拡大の危機感を煽り、行動自粛を要請した。この結果、多くの高齢者は自宅に閉じこもり、健康を損ねた

高齢者こそワクチン接種で日常生活の継続を

 では、国民は、どうすればいいのだろうか。私は、高齢者こそワクチンを打って、日常生活を続けることをお勧めしたい。知人の場合なら、稽古を続けることだ。

 今冬に流行が予想されるEG.5.1などの変異株は感染力が強く、従来型のコロナワクチンや過去の感染によって獲得した免疫から逃れやすい。つまり、我々は新たな変異株に対して、十分な抵抗力を持っていないのかもしれない。

 しかしながら、新たに承認されたオミクロン株対応1価ワクチン(XBB.1.5)は、臨床データではなく、基礎的検討に過ぎないレベルだが、変異株にも有効そうだ。厚労省は、ホームページで「国立感染症研究所が実施したウイルスの評価によると、オミクロン株対応1価ワクチン(XBB.1.5)の接種で得られる中和抗体は、EG.5.1に対してもXBB.1.5と同程度に効果があることが確認されています」と記している。

 厚労省は、日本国内でのコロナワクチンの安全性に対する懸念などを考慮し、オミクロン株対応1価ワクチン(XBB.1.5)の接種を強くは推奨していない。世界のコロナ対策をリードする米国は違う。9月12日、米国の疾病対策センター(CDC)は、生後6カ月以上の全ての米国民は変異株に対応した最新のコロナワクチンを打つべきだと推奨し、ワシントン・ポストなどの主要メディアも大きく報じた。

 ワクチンを打っても感染は予防できないが、重症化することはほぼ防ぐことができる。万が一、コロナ流行下で日常生活を続けて、コロナに罹ったとしても乗り切ることができる。一方、自宅に閉じこもれば健康を害してしまう。若年世代は、特別な基礎疾患がない限り、ワクチンの追加接種をせずにコロナに感染しても周囲にうつす以外に問題はない。高齢者は違う。健康な生活を続けたいなら、ワクチンを接種して、普段通りの生活を続けることをお勧めしたい。

 

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執筆者プロフィール
上昌広(かみまさひろ) 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。
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