医療崩壊 (70)

コロナよりも死者数を増やした過剰な「行動規制」「自粛」

執筆者:上昌広 2022年12月28日
エリア: アジア
緊急事態宣言下で人通りの絶えた飲食街。過度の規制がかえって死者数を増やしたか(写真は大阪、2020年5月)(C)worldlandscape/shutterstock.com
死者数が増加し、超過死亡数はコロナによる死者数の6倍ともいわれる日本。医療逼迫がその原因だという論調が多いが、むしろ長期間にわたる「自粛」「規制」が、国民の健康を蝕んだと考えるべきだ。

 治療薬やワクチンができたことにより、各国でエンデミックが宣言され、コロナパンデミックが終盤に入った。世界各国は、これまでの対応を反省し、次に活かそうとしている。

 12月14日、英『ネイチャー』誌は、世界保健機関(WHO)の研究者たちが発表したコロナパンデミック期間の超過死亡に関する論文を掲載し、社説で解説を加えた。

 この中で、「2020年から2021年にかけての超過死亡数は、公式発表の約2.74倍、1483万人であった」「2021年にはCOVID-19が冠動脈性心疾患を抜いて世界一の死因となることが予想される」と論じている。

 世界中で多くの人がコロナで命を落としたが、その総数は把握できていない。同誌の社説では、この研究について、「表面上は死者がほとんど出ていない多くの低・中所得国が、おそらく富裕国と同じように、いやそれ以上に大きな打撃を受けたことを浮き彫りにしている」として、「死亡を記録するシステムを改善する」ことが必要と主張している。この主張に筆者も賛成する。

死亡者増は医療逼迫が理由ではない

図1 2020、21年の死亡数 「人口動態統計速報 令和4年10月分」より。赤線が2021年、青線が2020年

 では、日本はどうか。12月20日、厚生労働省は「人口動態統計速報 令和4年10月分」を公表した。2020年と2021年の死亡数は図1のとおりだ。2020年と比べて、2021年は死者数が増加していることがわかる。

 この傾向は今に始まった話ではない。図2は、医療ガバナンス研究所の山下えりかが、2015~19年の死亡者数の平均と、コロナ流行後の死者数の差を比較したものだ。コロナ流行以降、ほぼ右肩上がりで増加していることがわかる。

図2

 なぜ、死亡者が増えているのだろう。マスコミは「コロナによる医療逼迫が深刻化したこともあって死者数が押し上げられた可能性があると専門家はみている(『朝日新聞』2022年5月22日)」「新型コロナによる直接死のほか、医療逼迫の影響で医療機関にアクセスできず新型コロナ以外の疾患で亡くなった(『毎日新聞』2022年10月12日)」など、自粛などで生活習慣病が悪化したとする論調が目立つ。

図3 日本と韓国の人口100万人あたりの感染者数の推移 英オックスフォード大学が提供するデータベース”Our World in Data”を用いて筆者が作成

 私は、このような見方に反対だ。医療逼迫が超過死亡に与える影響は小さいと考えている。それは、お隣の韓国では、そのような現象が起こっていないからだ。日本と韓国の感染者数の推移は、ほぼ同じだ(図3)。オミクロン株流行以降、世界で特に感染者数が多い二国であり、医療提供体制も似ている。

 ところが、両国の超過死亡は全く違う。2022年3月10日に、米ワシントン大学の研究チームが、74の国と地域を対象にして2020年1月から21年12月までの超過死亡を推定した論文を英『ランセット』誌に発表した。この研究で、日本の超過死亡数は11万1000人と推定され、確認されたコロナによる死者1万8400人の6.0倍だった。この数字は、経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中で最大だった(図4)。

図4

 一方、韓国の超過死亡数は4630人で、確認されたコロナ死亡数5620人の82%だった。コロナ流行期間に、コロナ以外の死亡者数が減少していたことになる。韓国の超過死亡数は、OECD加盟38カ国中6番目に少ない。

国民の健康は二の次だった日本の対策

 両国の差は何だろうか。私は緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置の期間が長かったことが大きいと考えている。例えば、東京都は2020年は30日、21年は245日、22年は60日で、合計335日間、 国民生活は何らかの規制の下にあった。その間、多くの人々が自宅に閉じこもり、体調を崩した。こんなに長期間、規制を強いている国は世界でも少数派だ。

 自粛は高齢者の健康を損ねる。私の外来には、コロナ自粛で体重が増加し、高血圧、糖尿病、高脂血症を悪化させた患者が大勢いる。その中には、脳卒中で亡くなった人もいる。

 厚労省の「人口動態統計」を用いてコロナ流行期間の死因を分析すると、興味深い事実がわかる。人口10万人あたりの死亡数は、2019年の1125.8人から21年には1173.7人へと47.9人(4.3%)増えている。この間に最も増加したのは、老衰24.6人(24.8%増)、誤嚥性肺炎7.4人(22.5%増)、心疾患5.7人(3.4%増) 、悪性新生物4.1人(1.3%増)と続く。コロナ感染の主な死因である肺炎は、この間、77.9人から59.3人へと18.2%減少している。日本の死亡者の増加理由の47.3%は、老衰と誤嚥性肺炎によるものだ。いずれも、長期にわたる自粛が悪影響を及ぼしたといっていいだろう。

 これが、我が国のコロナ禍の超過死亡の実態だ。高齢化した我が国では、長期間にわたる自粛が高齢者の健康を蝕む。厚労省や専門家は、コロナ対策には関心があったが、国民の健康は二の次だった。専門家の暴走といっていい。次のパンデミックでは、感染症や公衆衛生の専門家任せにするのでなく、国民が主体となって、国民本位で議論すべきである。

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執筆者プロフィール
上昌広(かみまさひろ) 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。
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