「4重苦」にあえぐ中国経済は日本の「バブル崩壊」と何が違うのか

執筆者:武田淳 2023年8月28日
タグ: 中国 習近平
エリア: アジア
上海にある中国不動産開発大手、中国恒大集団のビル (C)AFP=時事
中国経済の低迷には、輸出の減少、不動産市場の低迷、個人消費の回復力欠如、過剰債務問題という4つの主要因がある。こうした状況を平成期の日本の「バブル崩壊」になぞらえる言説もあるが、当時の日本経済が「中成長から低成長への減速」だったのに対し、現在の中国が経験しているのは「高成長から中成長への移行」であり、「失われた30年」のようなデフレ突入による長期低迷に陥るとは限らない。不良債権処理の方法なども日本とは根本的に異なるが、その反面、共産党管理下の経済に特有のリスクがあるのも事実だ。

 

 中国経済の停滞が長引いている。今年初から春先にかけては、ゼロコロナ政策の解除を受けた感染急拡大が一巡、経済活動が急速に活発化、急回復を見せていたが、4月以降は完全に失速している。実質GDP(国内総生産)成長率は、今年1~3月期の前年同期比+4.5%から4~6月期は+6.3%に伸びを高め、一見すると成長が加速したようであるが、前年の同じ期との比較だと昨年4~5月に上海ロックダウンで景気が冷え込んだ反動で嵩上げされており、実態は前期比の成長率が示す通り、1~3月期の+2.2%から4~6月期は+0.8%へ減速、年間の成長率に換算すると+9.1%もの急回復から+3.2%へ急減速している。

 毎月の景気動向を示す代表的な指標である製造業PMIで見ても、1月50.1、2月52.6、3月51.9と好不調の境目である50を超えていたが、4月は49.2、5月48.8、6月49.0、7月49.3と4か月連続で50を下回っており、やはり景気の状態は芳しくない。

デリスキングの動きが輸出の回復を阻害

 4月以降の景気が停滞している主な要因を挙げると、①輸出の減少、②不動産市場の低迷、③個人消費の回復力欠如、④過剰債務問題の4点である。輸出は、5月に前年同月比でマイナスに転じ、6月、7月とマイナス幅を拡大させている。不動産市場は、春先にかけて持ち直していた不動産価格が再び下落に転じ、不動産投資の減少も続いている。個人消費は、小売販売が減速、特に自動車や宝飾品、化粧品、衣服など選択的な性格の強いもので増勢が鈍っており、マインドの悪化が示唆されている。過剰債務の問題は、政府が思い切った支出の拡大による景気テコ入れを控えていることが、その端的な悪影響であろう。今後を展望しても、以下に詳述する通り、これら4要因のいずれも改善に時間を要する問題を抱えており、コロナ明けの中国経済は前途多難の状況にある。

 まず、輸出の減少について、その背景を確認すると、欧米景気の減速が主因であることは間違いない。米国向け、EU(欧州連合)向けとも、7月には前年同月比で2割を超える落ち込みであった。ただ、欧米の景気が回復したら戻るのかというと、そう簡単な話でもない。欧米とも経済安全保障の観点から重要物資の輸入が特定の国に偏らないことを目指している。いわゆる「デリスキング」である。さらに米国は中国との対立姿勢を強めており、ドナルド・トランプ大統領時代に引き上げた関税がそのまま維持されていることもあって、輸入における中国の依存度は低下傾向にある。

 実際の数字を見ると、米国の輸入全体に占める中国(含む香港)のシェアは、2017年に21.9%だったが、トランプ関税の影響もあり2020年には18.9%へ低下、2021年1月のバイデン政権発足後も低下傾向が続き、2022年には16.7%へ、2023年は5月までの実績で13.5%へ低下している。品目別には、2018年まで中国依存度が8割以上だった玩具が2023年に7割を切り、同じく5割を超えていた家具は3割を切っている。そのほか、中国からの輸入のうち約3割を占めていた電気機器の中国シェアは2017年の42.2%から2023年は26.0%へ、2割を占めた一般機械は32.2%から19.5%へ、それぞれ大きく依存度を下げている。

 欧州(ユーロ圏)においては、米国とは対照的に、中国(含む香港)の輸入シェアは2018年の13.9%から2021年に16.8%まで上昇していた。しかしながら、2022年には16.1%へ、2023年は4月までの実績で15.1%へ低下している。中国からの輸入のうち約2割を占める一般機械が30.0%から24.3%へ、4%程度の家具が39.9%から31.1%へシェアを落としたことが目立つ。欧州委員会は6月20日、EUの経済安全保障戦略を発表、経済的依存・威圧に関するリスクなどを念頭に置き、経済安全保障リスクの特定と評価を実施し、今後のリスク軽減に向けて施策を打ち出す方針を示した。今後、中国への輸入依存度は一段と低下する可能性が高い。そのため、欧米経済がインフレによる停滞から立ち直ったとしても、合計シェア3割強に上る欧米向け輸出は、従来ほどには回復しないと考えておくのが妥当であろう。

 なお、日本における中国への輸入依存度も低下傾向にある。輸入に占める中国(含む香港)のシェアは、2020年の25.9%から2022年に21.1%へ低下、2023年は6月までの累計で21.9%と前年よりやや上昇しているものの、10年ぶりの低水準にとどまっている。中国から見れば、輸出シェア5%弱の日本の重要性は高くはないだろうが、欧米向けの回復が見込めない中では、期待される部分も多少はあろう。

不動産市場の調整は長期化を覚悟すべき

 2点目に挙げた不動産市場低迷の原因は、元を正せばバブル潰しである。中国政府は2020年8月、住宅価格の高騰を抑えるため、不動産向け融資の規制を強化した。その結果、「恒大集団」に代表される不動産ディベロッパーの資金繰りが悪化、住宅の引き渡しが遅れたため住宅購入者の不信感が高まり、住宅ローン不払い運動が広がったほか、住宅購入意欲も減退、不動産業者の業績がさらに悪化するという悪循環に陥った。

 最近の住宅価格の動きを主要70都市の前月比を平均したもので見ると、新築は今年1月に下げ止まり、中古も2月にはプラスに転じるなど、不動産市場は今年に入り持ち直しの兆しが見られた。ところが、中古は5月に、新築も6月にマイナスに転じ、住宅価格は再び弱含んでいる。背景には住宅販売の回復が早くも息切れしていることがある。住宅販売面積は今年に入り前年同月比でプラスに転じ伸びを高めていたが、その後失速、6月には大幅なマイナスに陥っている。

 加えて、オフィス用や商業用は今年も大幅なマイナスが続いている。このように需要の回復が息切れし、価格が下落に転じる中では、供給も縮小せざるを得ず、不動産開発投資も減少幅が拡大しつつある。

 不動産市場の悪化は、投資の抑制という経路で景気を下押しするだけでなく、不動産収入、正確には土地使用権の売却収入に多くを依存する地方政府の財政問題にも波及し、インフラ投資の財源不足という形でも景気の回復を阻害する。ただ不動産業界の問題だけではないという点で、中国経済にとって深刻である。

 そうした事情から、政府は昨年来、不動産融資規制の緩和や不動産業者に対する資金繰り支援、住宅ローンの条件緩和、未完成住宅の建設加速、金利の引き下げなど、不動産市場のテコ入れ策を次々と打ち出してきたが、未だ十分な成果が得られていない。

 その原因は、価格の上昇だけを期待する投機的な資金によって嵩上げされた不動産需要と、それによって押し上げられた価格、積み上がった債務と、本来の住むための需要や現実的な価格とのギャップが大き過ぎることであろう。つまり、問題の根底には、貯蓄の選択肢が少ないが故に、不動産保有(投資)が富裕層の有力な貯蓄手段になっていることもある。

 解決方法は、そのギャップの解消以外にないが、その過程では価格の下落が続くことになり、その間、投資家や不動産業者には損失が発生、それでも需要は価格が下がりきるまで戻らない。かといって、ギャップ解消を急ぐと、発生する損失が大き過ぎて破綻する不動産業者も出てきてしまう。実際に、不動産最大手の碧桂園が8月10日、大幅な赤字を発表、資金繰りに窮しているとの報道もあった。

 不動産市場の問題は、かように複合的で根が深く、経済成長によって本来の需要が底上げされることでギャップをある程度吸収しながら時間をかけて調整するしかない。したがって、不動産市場の低迷は長期化すると考えておくべきであろう。

生活不安が個人消費の回復を抑制

 3点目の個人消費が回復力に欠ける要因としては、①雇用情勢の悪化、②「強制貯蓄」がないこと、③根強い将来不安、が挙げられる。

 国家統計局が発表する都市部の失業率は、今年2月に5.6%まで上昇したが、その後は5.2%まで低下し、直近7月も5.3%への小幅悪化にとどまった。ただ、年齢階層別に見ると、25歳以上で4.8%から4.1%へ改善している一方、16~24歳では18.1%から6月に21.3%へ悪化、7月は発表が見送られている。中国において統計の発表が停止されるのは、一般的に不都合に悪化した場合が多い。仮にそうであれば、かつて日本の「就職氷河期」で見られたように、既存の雇用を守るために新卒採用が抑制されている可能性がある。裏返せば、それだけ企業内に事実上の失業者が存在するということである。

 さらに、構造的な問題も指摘されている。

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
武田淳(たけだあつし) 伊藤忠総研・代表取締役社長/チーフエコノミスト。1990年 3月、大阪大学工学部応用物理学科卒業、2022年3月、法政大学大学院経済学研究科修了。1990年、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。第一勧銀総合研究所(現みずほ総合研究所)出向、日本経済研究センター出向、みずほ銀行総合コンサルティング部を経て、2009年1月、伊藤忠商事入社、マクロ経済総括として内外政経情勢の調査業務に従事。2019年 4月、伊藤忠総研へ出向。2023年4月より現職。
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