対露制裁に見るアメリカの「正義」と「実益」―ロシア産水産物の輸入をめぐって―

執筆者:服部倫卓 2024年4月16日
米アラスカ州とロシア極東地方は、日本市場をめぐって競合関係にある[東京都江東区の豊洲市場で売られているイクラ=2019年3月26日](C)時事
米国によるロシア産水産物の輸入禁止には、米国水産業界、特にアラスカ州の利害が色濃く反映されている。アラスカとロシア極東は北太平洋の漁獲および市場で競合するが、コスト競争力で分が悪い米国側に、対露制裁は「渡りに船」だった側面がある。「正義」と「実益」の両立は批判されるべきものでもないが、問題は日本も両者が火花を散らす有力市場だという点だ。現在、日本はロシアから輸入する水産物の関税率引き上げで対応しているものの、いずれ米国から圧力に晒される可能性もある。

 2022年2月24日にロシアがウクライナへの全面軍事侵攻を開始して以降、対ロシア制裁の急先鋒となっているのが、米国である。ただ、同国の対応を見ていると、ロシアの侵略を罰する「正義」と、自国の経済的利害を守る「実益」とを、上手く両立させているということを感じる。本稿で取り上げるロシア産水産物の輸入問題は、その典型例と言えそうだ。

米国は即禁輸、日本は輸入継続

 ロシア・ウクライナ戦争勃発後、ロシア産水産物の輸入をめぐり、米国と日本の対応はくっきりと分かれた。米バイデン政権は、早々にロシア産水産物の輸入禁止を決めた。それに対し、日本は輸入継続を選択した。

 水産物は、日本の伝統的な対ロシア輸入品目の一つであり、ウクライナ危機を受けた日本政府の対応が注目された。結局、日本では2022年4月20日に、ロシアから輸入する水産物等に適用していたWTO(世界貿易機関)協定にもとづく関税についての便益(優遇税率)を撤回する関税暫定措置法の一部を改正する法律が成立した。これに伴い、ロシアから輸入する水産物の関税率が引き上げられた。

 しかし、その上げ幅はわずかなものである。カニの関税が4%から6%に、サケ・マスの関税が3.5%から5%に、魚卵の関税が3.5%から5%にといった具合だ。この程度の上昇ならば、国際的な商品相場や為替レートの影響の方がはるかに大きいだろう。日本はこの時点で実質的に、ロシアからの水産物輸入を継続するという選択肢を選んだと言っていい。

 日本がロシアからの水産物輸入の制限に慎重なのには、一連の品目でロシアからの輸入に依存している現実がある。日本で消費される水産物のうちロシア産の比率が大きい品目としては、タラ(具体的にはスケトウダラが大部分であろう)の卵の41.3%、イクラの39.7%、ウニの34.3%などがある(『令和4年度水産白書』より)。日本政府は、こうした現実を直視し、水産物輸入に関してはプラグマティックな判断を下したということだろう。

ロシアと競合するアラスカ水産業の概況

 一見すると、米国はロシアの侵略行為を罰するという正義を貫いたのに対し、日本は商業的な利益に汲々としているかのような印象を受ける。しかし、米国内の事情をつぶさに見てみると、別の現実が浮かび上がる。

 日本と異なり、米国がロシアからの水産物輸入禁止に動いた背景には、国内、とりわけアラスカ州漁業の利益を保護するという狙いがあったと考えられる。アラスカ水産業は、北太平洋でロシア極東水産業と同じ魚を獲っており、両者はライバル関係にある。アラスカ水産業は、ロシアとコスト競争をすれば分が悪いが、ロシア産を締め出してさえしまえば、米国内市場への供給力は基本的に備えている。

カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
服部倫卓(はっとりみちたか) 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授。1964年静岡県生まれ。北海道大学大学院文学研究科博士後期課程(歴史地域文化学専攻・スラブ社会文化論)修了(学術博士)。在ベラルーシ共和国日本国大使館専門調査員などを経て、2020年4月に一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所所長。2022年10月から現職。著書に『不思議の国ベラルーシ――ナショナリズムから遠く離れて』(岩波書店)、『歴史の狭間のベラルーシ』『ウクライナ・ベラルーシ・モルドバ経済図説』 (ともにユーラシア・ブックレット)、共著に『ベラルーシを知るための50章』『ウクライナを知るための65章』(ともに明石書店)など。
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