新たな時代に入った中東の実像を描きたい

執筆者:畑中美樹 2011年9月7日
タグ: シリア 日本
エリア: 中東

 中東では「アラブの春」と呼ばれる民主化を求める国民の動きが勢いを増している。「アラブの春」は、政党や労働組合、宗教団体というプロの運動家ではなく、若者を中心とするアマチュアの一般市民が主役を果たした点に大きな特徴がある。

当初、各国の為政者は民主化を求める動きを素人の若者による運動ということで気を緩めて対応していたのではないか。ベンアリ大統領の海外亡命につながったチュニジアやムバラク大統領の退陣を生んだエジプトが、治安組織や軍による強硬な取締りを最後まで行なわなかったのもそうした考えがあったからではないだろうか。

一転、軍を導入する強硬策に出たリビアやシリア、イエメンも、相手が素人集団ならば恫喝すれば事は短期間で収まるとの判断があったように思える。しかし、そのリビアでもカダフィ政権は崩壊し、シリアのアサド大統領も欧米の厳しい経済制裁を受けるに至っている。

百戦練磨の各国の為政者は一体何を見誤ったのか。それはグローバル化した世界における情報・通信の発達振りではないだろうか。これまでであれば情報・通信の遮断は容易であったろう。だが、インターネットや携帯電話、衛星放送の発達した現代では、情報の完全シャットアウトは不可能ではないにせよ極めて難しくなっている。

中東の人々は若者を中心に世界の動きを実によく知っている。東日本大震災やその後の福島第一原子力発電所の事故の模様なども、こちらが驚くほど分かっている。彼らが知っているのは外国の事件・事故だけではない。自国や近隣諸国の政治・経済情勢、或いは自国の為政者の動向なども実は極めてよく分かっているのだ。

昔は伝達手段といえば口コミや噂ばなしであった。そうした手段では、話に尾ひれがつくこともあったろうし、正確さを欠くこともあったに違いない。だが今ではインターネットの発達と携帯電話の普及で、たちどころに内外の出来事の正確な情報が国の隅々まで伝わるといっても過言ではない状態となっている。

ベンアリ前大統領やムバラク前大統領、そしてカダフィ大佐には国家運営の難しさを語るフェイスブックの友人はいなかったろうし、欧米との距離感をどうするかなどとツイッターでつぶやきあう政治家もいなかったに違いない。しかし、国民の約6割に達した中東の若者にとっては、これらは既に共通言語となりつつある。

先日も、現に中東とは何のかかわりもない筆者の友人が「フェイスブックでスーダン人と知り合った」「スーダンとはどんな国だ」と、これまたインターネットで問い合わせてきた。中東は我々の想像以上に変化している。中東を「石油」と「砂漠」と「テロ・戦争」で語る時代は遥か昔に終わっている。新しい中東の実像を、出来るだけ懇切丁寧につぶやきながらお伝えしていきたい。どうかよろしくお願いします。

(畑中美樹)

 

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執筆者プロフィール
畑中美樹(はたなかみき) 1950年東京都生れ。慶應義塾大学経済学部卒業。富士銀行、中東経済研究所、国際経済研究所、国際開発センター エネルギー・環境室長などを経て現職。中東・北アフリカ地域で豊富な人的ネットワークを有する。著書に『石油地政学――中東とアメリカ』(中公新書ラクレ)、『オイルマネー』(講談社現代新書)、『中東湾岸ビジネス最新事情』(同友館)などがある。
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