石破首相とアメリカ次期大統領との「相性」を占う――ハリスは吉、トランプは凶である理由とは?

村田晃嗣『大統領たちの五〇年史:フォードからバイデンまで』(新潮選書)

執筆者:村田晃嗣 2024年10月18日
エリア: アジア 北米
自民党ハト派の石破茂首相はハリス大統領とは、それなりにうまくいくであろう。だが、トランプ大統領とはどうだろうか[第50回衆院選が公示され、第一声を上げる石破茂首相=2024年10月15日](C)時事

 日米関係において、指導者たちの「相性」が重要であることは論を俟たない。アメリカ政治外交史を専門とする村田晃嗣氏の新刊『大統領たちの五〇年史:フォードからバイデンまで』(新潮選書)には、指導者たちの人間関係の機微が日米関係に大きな影響を及ぼす場面が何度も登場する。では、石破首相と次期大統領との「相性」はどうなのか――。

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日米指導者たちの「相性(ケミストリー)」

 安倍晋三のいない日本は「もしトラ」に対処できるかと、問われてきた。

 ふり返ると、ロナルド・レーガン大統領と中曽根康弘首相は「ロン・ヤス」関係を築いたし、ジョージ・W・ブッシュ大統領も小泉純一郎首相を大いに頼りにした。さらに遡ると、ジェラルド・フォード大統領は退陣前の田中角栄首相に手を焼き、ジミー・カーター大統領は同じ敬虔なクリスチャンである大平正芳首相と親しかった。指導者たちの「相性」(ケミストリー)は重要である。詳しくは、拙著『大統領たちの五〇年史』をご覧いただきたい。

 確かに、トランプと付き合うのは容易ではなかろう。

トランプは「金ぴか時代」の象徴

 アマゾンで配信中の映画『ドナルド・トランプの野望 大統領になる男との非公認ドラマ』(ジョン・デヴィッド・コールズ監督)は、1980年代までのトランプの半生を巧みに描いている。強引な父の経営手腕に学びながら、トランプは父を超えようとマンハッタンに進出する。内向的な兄は「サメの一家に生まれたイルカ」のようなもので、酒に溺れて命を落とした。

 だが、トランプはサメそのものである。スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『ジョーズ』(75年)を彷彿させる。この若き「ジョーズ」は金髪の美人モデルと結婚し、カジノ経営にも手を出す。彼の最大の事業は「トランプ」をブランド化することにあった。それ故、彼は自己愛に溢れて妻を愛せず、事業に行き詰ると再三にわたって父の助けを求めた。強欲と自己愛――「第二次金ぴか時代」と呼ばれる1980年代のアメリカを、トランプは象徴していたのである。「アメリカを再び偉大に」と、彼がロナルド・レーガン大統領と同じ惹句を用いたのは偶然ではない。因みに、最初の「金ぴか時代」は南北戦争(シビル・ウォー)後である。

 1990年代に入ると、トランプの影は薄くなった。しかし、イラク戦争が長期化し貧富の格差がさらに拡大して、エリートに対する「憤懣の時代」(デヴィッド・ブルックス)が始まると、トランプは再び勢いを得た。彼は明らかに「成金」であり、ニューヨークのエリート層からは忌避されてきた。彼は富裕層の身勝手と反エリートの憤りを同時に体現できる、稀有な存在だったのである。彼は「憤懣の時代」を助長し、内戦(シビル・ウォー)にも喩えられる状況をもたらした。

カマラ・ハリスは何者か

 この「内戦」下で、トランプと戦うには、カマラ・ハリスは適任であろう。同じベビーブーマー世代(1946-64年)ながら、トランプよりも18歳も若く、アジア系の黒人女性でリベラルな西海岸(カリフォルニア州オークランド)出身である。カリフォルニア州は、これまでにもダイアン・ファインスタイン(上院議員、2023年に在職中に90歳で死去)やナンシー・ペロシ(元下院議長)など、有力な女性政治家を輩出してきた。同州で勝利した共和党の大統領候補は、ジョージ・H・ブッシュ(1988年当選)が今のところ最後である。

 ハリスは、ジャマイカ系黒人の父(スタンフォード大学教授)とインド出身の母(内分泌学者)の間に生まれた。中流家庭を自称するが、たいへんなエリートの知識人階級に属する。両親は早くに離婚し、ハリスは母のインド系コミュニティーで育てられた。アジェイ・バンガ(世界銀行総裁)やニッキー・ヘイリー(元国連大使)、ビベック・ラマスワミ(実業家)など、今やアメリカ社会でもインド系の躍進は著しい。ヘイリーとラワスワミは、共和党の予備選挙でトランプと争った。共和党のJ.D.ヴァンス副大統領候補の妻も、インド系である。

 ハリスはカリフォルニア州の地方検事となり、一時は妻子のある同州下院議長と不倫関係にあった。その後、彼女は同州司法長官を経て、2016年に上院議員に当選した。同州からは3人目の女性上院議員となり、全米では2人目の黒人女性の上院議員となった。実に、カリフォルニア州の上院議員は二人とも民主党で女性となった。しかし、ハリスは先輩のファインスタイン上院議員と時として対立した。ハリスは死刑に反対でバラク・オバマ派、ファインスタインは死刑賛成でヒラリー・クリントン派であった。年長の政治家と時には寄り添い、対立しながら、ハリスは政治の世界で頭角を現した。

「ハリス副大統領」はなぜ目立たなかったのか

「国民のために、カマラ・ハリスです」と、彼女はついに2020年の大統領選挙に出馬した。ジョー・バイデン候補がかつて公立学校での人種融合のための通学バス制度を廃止しようとしたと舌鋒鋭く批判したものの、彼女は早々に予備選を撤退しなければならなくなった。そして、そのバイデンの副大統領を務めたのである。

 多くの大統領候補は、自らの新鮮さを訴えてワシントン・アウトサイダーであると強調する。だが、もちろん選挙と統治は別ものである。統治のためにはワシントン・インサイダーが必要で、しばしば副大統領がその役割を演じる。オバマに対するバイデンが、まさにそうであった。そのバイデンが大統領になると、上院議員36年、副大統領8年と、彼以上にワシントンを知悉した政治家などいない。ハリス副大統領が目立たなかった理由の一端は、ここにある。

 ところが、そのハリスが民主党大統領候補になると、トランプと互角の勝負を展開している。

「高市首相」なら「トランプ大統領」とうまくやる?

 熾烈なアメリカ大統領選挙と並行して、日本では自由民主党総裁選挙が戦われ、石破茂氏が総裁、そして内閣総理大臣に選ばれた。衆議院は解散され、ほどなく総選挙を迎える。

 そこで、冒頭の問いに戻る。日米の指導者たちの相性(ケミストリー)はどうなるか。ハリス大統領の場合、自民党総裁選挙の9人の候補者のうちで最も難しかったのは、あるいは高市早苗氏だったかもしれない。日米ともに女性の指導者といっても、片や民主党リベラル派であり、片や靖国神社参拝を公約する政治家である。保守派の高市氏なら、トランプ大統領とはより相性がよかったかもしれない。また、能力や経験(経済産業大臣や外務大臣を歴任)からすれば、茂木敏充氏もトランプ大統領とうまくやれたであろう。

 さて、石破首相である。自民党ハト派の首相はハリス大統領とは、それなりにうまくいくであろう。だが、トランプ大統領とはどうか。何しろ、「正論の人」と「直観の人」である。さらに、石破首相が安倍晋三元首相との相違を際立たせようとすれば、トランプ大統領との関係はより難しくなろう。

 石破首相は、アジア版NATO(北大西洋条約機構)の設立や日米地位協定の見直しに言及した。対米自立の思いは日本人に根強いし、それらは石破氏の持論なのであろう。ただ、一政治家の持論が首相の政策になるわけではない。ヨーロッパでNATOさえ不要だと豪語したトランプを相手に、アジア版NATOは意味をなすまい。また、日米地位協定を改定するとなると、これも途方もない時間とエネルギーを要する。その間に、台湾海峡や朝鮮半島、中東で何が起こるかもわからない。ハリス大統領でも、これらの構想は実現しまい。石破氏の外交安全保障政策の閣僚たちが言うように、これらはあくまで「中長期的な課題」にとどまるであろう。まず日本としては、岸田文雄前内閣が公約した防衛費の倍増と反撃能力の確保に努めるべきであろう。

映画が占う「アメリカの未来」

 トランプ、ハリスのどちらが勝っても、それを是としない勢力は強く反発し、おそらく多くの訴訟が起こされよう。11月5日に勝者が決しない可能性も十分にある。日本でも今、アレックス・ガーランド監督の映画『シビル・ウォー』が公開されている。19の州が連邦政府から離脱し、アメリカは内戦に陥る。主人公のジャーナリストたちは、敗北間近の大統領に単独インタビューすべく、危険なワシントンに向かう。

 かつて、フランク・キャプラ監督は名作『スミス都へ行く』(1939年)でアメリカの民主主義を謳歌した。普通の市民スミス氏が、上院議員としてワシントンで政治を正すのである。だが、『シビル・ウォー』で主人公たちが向かうワシントンは、バグダッドやカブールを思わせる惨状にある。実際に、このような事態が出来するのか。だが、この映画が示す想像力や表現力は、逆にアメリカ復活の希望にもつながろう。

 アリ・アッバシ監督の映画『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』が、来年には日本でも公開される。大統領を笑いとばす活力はアメリカ社会の強みであり、正義を気取って権力批判をする日本のドキュメンタリーもどきの作品よりも、よほど清々しい。

 さらに映画の話をすれば、ベトナム戦争やウォーターゲート事件ののちに、ロバート・アルドリッジ監督は『合衆国最後の日』を手がけた。ベトナム反戦派の元軍人に核兵器の基地が乗っ取られ、大統領まで殺されてしまう。実際のアメリカはもちろん「最後の日」を迎えず、「第二次金ぴか時代」の1980年代に突入したのである。

 アメリカは手ごわく、しぶとい。同盟国として、これに同伴するには、日本も正論だけではないしたたかさを求められよう。

  1. ◎村田晃嗣(むらた・こうじ)

1964年、神戸市生まれ。同志社大学法学部卒業。ジョージ・ワシントン大学M.Phil。神戸大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(政治学)。広島大学総合科学部助教授、同志社大学法学部助教授などを経て、2005年より同教授。2013年から2016年まで同志社大学学長を務める。著書に『大統領の挫折――カーター政権の在韓米軍撤退政策』(アメリカ学会清水博賞、サントリー学芸賞受賞)、『戦後日本外交史』(共著、吉田茂賞受賞)、『トランプ vs バイデン――「冷たい内戦」と「危機の20年」の狭間』、『映画はいつも「眺めのいい部屋」――政治学者のシネマ・エッセイ』など。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
村田晃嗣(むらたこうじ) 1964年、神戸市生まれ。同志社大学法学部卒業。ジョージ・ワシントン大学M.Phil。神戸大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(政治学)。広島大学総合科学部助教授、同志社大学法学部助教授などを経て、2005年より同教授。2013年から2016年まで同志社大学学長を務める。著書に『大統領の挫折――カーター政権の在韓米軍撤退政策』(アメリカ学会清水博賞、サントリー学芸賞受賞)、『戦後日本外交史』(共著、吉田茂賞受賞)、『トランプ vs バイデン――「冷たい内戦」と「危機の20年」の狭間』、『978-4623093946政治学者のシネマ・エッセイ』など。
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