ジャスミン革命で始まったアラブ民主化の「ツナミ」

執筆者:山内昌之 2011年2月1日
カテゴリ: 国際
エリア: 中東
アラブ世界に大きな衝撃を与えた(c)EPA=時事
アラブ世界に大きな衝撃を与えた(c)EPA=時事

 チュニジアを代表する花の名をとってジャスミン革命と呼ばれる政治変動は、大学卒ながら失業中だった若者の焼身自殺から始まった。23年間も独裁支配を続けたベンアリ大統領を失脚と亡命に追い込んだ今回の事件はエジプトに飛び火、チュニジアだけでなく他のアラブ諸国の歴史と政治にも大きな転換点となる予兆をはらんでいる。

アラブの権力者を市民の力で倒したほぼ最初の例

 独裁や世襲で長期政権を維持してきたアラブの支配者たちは、秘密警察による市民の監視や、利益誘導も絡めた暴力と脅迫で権力を維持してきた。エジプトのムバーラク大統領の統治はおよそ30年にもなり、次男ガマール氏への世襲も取沙汰されてきた。また、シリアのアサド大統領は10年以上も任にあるが、父の代から数えると40年間も権力を保っているのだ。チュニジアの隣国リビアでは40年以上も最高指導者カダフィ氏の独裁が続いている。さらに、イエーメンのサーレハ大統領も21年間にわたって権力の座にある。
 かれらは、アラブの権力者や体制を市民の力で倒したほぼ最初の例ともいえるジャスミン革命に大きな衝撃を受けているはずだ。チュニジア市民の反抗はアラブ世界を横断する性格をもっているからだ。アラブの中心国家エジプトでも、首都カイロはじめ各都市でムバーラク大統領の再選や世襲化の動きに反対するデモが公然と繰り広げられ、すでに100人を超える死者を出す民衆運動が起きている。
 重要なのは、石油や天然資源をあまりもたないのにアラブで最も豊かな国の1つチュニジアでかつての東欧やソ連のように「現代の市民革命」が起きたことである。チュニジアの失業率は13%から14%台であるが、イエーメンの30%はともかく他のアラブと比べても格別に高いわけでない。チュニジアの経済成長率は産油国のアルジェリアよりも高い。チュニジア人はアラブでいちばん教育水準の高い国民であり、教育に費やす支出は世界ランクでも18番目に位置する。そのうえ、個人収入が低くてもチュニジア人の携帯電話普及率は、シリア、レバノン、ヨルダン、イエーメンを上回っている。
 もちろん若年層の人口増加に伴う失業問題の深刻化は無視できない。アラブ諸国では15歳から29歳の人口が全体の30%前後を占めており、日本や米欧の同人口が10%台から20%前後である現実と比べるなら、若年者の比率はかなり高い。知的水準の高いチュニジアで大学を卒業した若者でさえ雇用されないとすれば、条件のもっと悪い他国の若者の将来はどうであろうか。解決策はエジプトのムバーラク大統領のいう経済成長だけでなく、アラブ連盟のムーサ事務局長が語るように政治改革と経済成長を同時に進める以外にないのだ。
 こうしてみると、問題の本質は経済よりも政治にあるのかもしれない。失業者たちはチュニジア政府の歳入1年分が隣国リビアとアルジェリアの歳入1月分にすぎない現実を知っており、決して経済について実現不可能な要求を突きつけているわけでない。むしろ特権層の利益と安全だけを保証する政府を信頼せず、ベンアリ夫人につながるトラベルスィー一族の国民の苦境から乖離した贅沢かつ安逸な生活に反感をもったのである。

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執筆者プロフィール
山内昌之 1947年生れ。東京大学学術博士。エジプト・カイロ大学客員助教授、米ハーバード大学客員研究員などを経て現職。イスラーム地域研究と国際関係史を専門とし、文化審議会、外務人事審議会、日本アラブ対話フォーラム、日中と日韓の歴史共同研究委員会などの委員としても活動。最新刊『歴史家の羅針盤』(みすず書房)ほか、『嫉妬の世界史』(新潮新書)、『歴史と外交』(中央公論新社)、『歴史のなかの未来』(新潮選書)など著書多数。2006年、紫綬褒章を受章。
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