カダフィ死後「国民評議会」は結束を保てるか

執筆者:畑中美樹 2011年10月21日
カテゴリ: 国際
エリア: 中東

 リビアの国民評議会のマフムード・ジブリール暫定首相は、2011年10月20日、カダフィ大佐が同日死亡したことを発表した。同首相は発表時に「我々はこの瞬間を待っていた。一つになったリビア、リビア国民の未来が到来したことを国民は実感しているに違いない」と感慨を込めて語った。
 カダフィ大佐が死亡したことは、国民評議会が確認しているので間違いない。ただし、どのように死亡したのかは、依然情報が錯そうしており正確なところは分かっていない。もっとも同じく国民評議会のダゲイリー国防相の記者会見での発言や流された映像などから判断する限り、カダフィ大佐は拘束された後、反カダフィ派の戦闘員により殺害されたものと推察される。
 ちなみに、ダゲイリー国防相は「カダフィ大佐を生け捕りにした後、殺害した」との趣旨を記者会見で述べており、反カダフィ派の戦闘員の高まる憎悪が殺害を生んだことを示唆している。また、アル・ジャジーラなどが放映したビデオを見ると、発見時には負傷しながらも生存していたカダフィ大佐は髪の毛を掴まれ地面に引き下ろされ、その後、銃声と共にその姿が映像から消えている。
 ただし、国民評議会のジブリール暫定首相は、現場の反カダフィ派の戦闘員による処刑のような形での殺害では好ましくないと考えたためなのか、2011年10月20日、カダフィ大佐の検視結果について次のように発表した。
 
① カダフィ大佐は隠れていた排水管から引き出された。
② 連行される際に右腕に銃弾を受けた。
③ カダフィ大佐はトラックに移されたが、発車後、カダフィ派と反カダフィ派との銃撃戦に巻き込まれた。
④ その際、カダフィ大佐は頭部に被弾した。
⑤ そのままカダフィ大佐は病院に搬送されたものの、到着前に死亡した。

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執筆者プロフィール
畑中美樹 1950年東京都生れ。慶應義塾大学経済学部卒業。富士銀行、中東経済研究所、国際経済研究所、国際開発センター エネルギー・環境室長などを経て現職。中東・北アフリカ地域で豊富な人的ネットワークを有する。著書に『石油地政学――中東とアメリカ』(中公新書ラクレ)、『オイルマネー』(講談社現代新書)、『中東湾岸ビジネス最新事情』(同友館)などがある。
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