日本人は自分たちが期待されていることを知ってほしい

西川恵
執筆者:西川恵 2012年8月8日
エリア: 日本
国連での経験を語る山下さん(筆者撮影)
国連での経験を語る山下さん(筆者撮影)

 2010年から日本の国連広報センター(東京・渋谷区)の所長を務める山下真理さんは、父は日本人外交官、母はフィンランド人という家庭に育った。ブラウンの目と髪と、その顔立ちで、いつも白人と間違えられる。以前は「日本人なのになぜわかってくれないの」と腹を立てていた。国連に入って20年余。山下さんにこれまでの歩みと、グローバル時代の日本の課題を聞いた。 ――山下さんは典型的な帰国子女ですね。山下  私は次女で、2歳半のとき父がドイツのハンブルクに赴任し、5年暮らしました。小学2年で帰国し、6年生まで日本の小学校に通いました。小学校を日本で過ごせたのは大きかったと思います。その後、父の仕事で再びドイツのボンに行き、ドイツの学校に入ったのですが、ドイツ語を取り戻すのに1年かかりました。英語とフランス語も学ばねばならず大変でしたが、この年頃の子供は適応力がありますよね。2年後、インドのボンベイ(現在のムンバイ)に転勤となり、私はドイツ語を続けるため現地のドイツ人学校に入りました。ボンベイで2年暮らし、高校1年のときに受験準備で単身帰国しました。 ――家では何語で話していたのですか。山下 母からフィンランド語を教わりましたが、母も外交官夫人として日本語を勉強しましたし、日本語が中心でした。国際的な家庭でしたが、親にも「あなたのアイデンティティーは日本人」と育てられ、日本人としての自覚が身に付きました。 ――いじめは体験しましたか。山下  外国人に見られ、小学校のときは髪を引っ張られたりしてからかいの対象にはなりましたが、深刻ないじめは体験しませんでした。ただいつも「どこの国の人」と聞かれ、「私は日本人なのになぜ分かってくれないの」と怒っていました。もっともいまではこの外見では勘違いされてもしょうがないかなと。ですから講演 に招かれたときは、最初に「自分は変なガイジンではありません。日本人です」と説明するようにしています。

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執筆者プロフィール
西川恵
西川恵 毎日新聞客員編集委員。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、論説委員を経て、今年3月まで専門編集委員。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、本誌連載から生れた『ワインと外交』(新潮新書)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。本誌連載に加筆した最新刊『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)が発売中。
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