インド、ついに改革加速へと踏み出す

執筆者:山田剛 2012年9月17日

  相次ぐ汚職スキャンダルや庶民の不満を高めるインフレ、そして経済の減速に直面していたインドが、ついに懸案の経済改革加速へと大きく踏み出した。印政府は先週末、経済政策における最重要課題だった「マルチブランド小売業の対外開放」つまり、スーパー、百貨店など大型小売店に51%までの外資を認めることを改めて表明。同時に、不振にあえぐ民間航空業界を救済するため外国エアラインによる出資を49%まで認める決定も行った。相前後して中小運送業者などの反対で政治的リスクが懸念された軽油価格の値上げについても、1年3カ月ぶりに約14%の引き上げを実施。さらにはケーブルテレビやDTHと呼ばれる衛星放送事業についても外資上限を49%から74%に緩和。国営石油会社オイル・インディア(OIL)や国営銅精錬会社ヒンドスタン・カッパーなど4社の少数持ち株放出も決めた。

 
外資導入こそ高成長回復への近道
 輸出の重要市場である欧米の経済不振や、外貨流出による歴史的な通貨ルピー安、インフレ抑制を図った高金利政策の副作用ともいえる設備投資意欲の減退、そして経済改革の停滞に失望した外国企業による投資手控えなどでインド経済は急減速。一瞬とはいえ2007年に四半期ベースで前年同期比10%を超えたGDP成長率は12年4-6月期には同5.5%と約3年ぶりの低水準に落ち込んだ。
外資導入を原動力に2000年代後半の高成長を達成したインドにとって、外国企業や投資家の信頼を回復し、再び投資を呼び込むことが緊急の課題であることは誰の目にも明らかだが、そのためにはなお残る外資規制を緩和して企業を安心させ、同時に財政赤字を圧縮してインドに再三警告を発してきた格付け機関を黙らせる必要がある。
 中国やASEAN諸国なら単純なことだが、インドにとってこのような規制緩和を伴う改革は庶民、とりわけ零細商工業者などに大きなダメージを与える。米ウォルマートや仏カルフールが上陸して店舗網を拡大すれば、1200万軒・就業6000万人以上といわれる国内の零細商店への打撃は不可避だ。中長期的には新規雇用が創出され、農村部の冷蔵倉庫などのバックエンド・インフラや消費地を結ぶコールドチェーンの整備促進、消費者の利便性向上などをもたらし、みんながハッピーになる、というロジックなのだが、今日明日の暮らしを心配する零細業者にとってはそれどころではない。
これまで政府が打ち出してきた小売業の対外開放には野党や労働組合、そして連立与党の一部までが加わって反対運動を展開。政治的な失点が目立ち最近の地方選挙でも不振が続く与党国民会議派も、2014年の次期総選挙をにらみ「不人気な改革」の遂行には慎重にならざるを得なかった―――というのがこれまでの経緯だ。
 
周到な根回しも
 もちろん、与党国民会議派率いるインド政府にとって、「政権の安定第一」を決め込み、外資や産業界の声を無視して改革を先送りし、5%前後の「ほどほどの」成長率に甘んじるという選択肢もあった。しかし、総人口の半数、6億人を超える25歳以下の若年層に教育、医療や雇用機会を与えるとともに、なお脆弱な電力、道路などのインフラを改善して国全体を底上げするには、外資導入を柱とする経済改革路線を再び推進することが最短距離であることは疑いない。インド政府も最後にはこうした結論に至ったようだ。昨年11月にいったん打ち出した小売市場開放が激しい反対運動の結果棚上げに追い込まれて以降、党・与党連合内ではかなり厳しい意見調整が行われ、用意周到に最終決定と発表のタイミングを計っていた形跡がある。
政府は中央での野党が政権を担う州も含めて各州に慎重な根回しを実施、「小売市場の対外開放は農民や消費者の利益となる」と再三アピールすると同時に、マルチブランド小売業への外資導入については「それぞれの州政府に決定権がある」として、最終判断を各州にゆだねた。積み残した多くの改革についてほぼ同時に発表したのも、どうせ毎回猛反対に遭うのだから一度で済まそう、とでも考えたのだろう。
 一連の決定に対し、内外エコノミストや産業界はいっせいに歓迎しているが、野党や労組など反対勢力も黙ってはいないだろう。最大野党・インド人民党(BJP)やインド左派共産党(CPI-M)などの左翼政党は、「国民への裏切り」などと猛反発。BJP率いる野党連合は9月20日に全国的な抗議デモを行う構えだ。
 
だが、今回は昨年末に比べるとわずかだが反対勢力の動きが鈍い。与党連合の一角を担い、有力閣僚を送り込んでいる西ベンガル州の地方政党トリナムール会議派(TNC)では14日、党首のママタ・バナジー州首相が「72時間の猶予」を通告し、改革案の撤回を要求したが、連立離脱については明言しなかった。印米原子力協力の是非をめぐる2008年の国会信任投票など、節目の重要局面で与党連合を支えてきた北部ウッタルプラデシュ州の政権党・社会主義党(SP)や、今年2-3月の同州議会選でそのSPに敗れて下野した大衆社会党(BSP)も、小売市場開放には反対を表明しているものの、まだ具体的なアクションを起こすには至っていない。
特にSPは、TNCが閣外に去った場合、その後釜としての連立入りがかねて取り沙汰されており、国民会議派との間で何らかの交渉が水面下で行われていた可能性もある。いずれにせよ、与党国民会議派と政府にとって今回の決定は、多少なりとも反対運動や抗議行動を押さえ込める公算があってのことだろう。
 
「改革の設計士」、10年間の総仕上げ
2014年まで10年間の任期を全うすると見られるマンモハン・シン首相にとって小売市場の対外開放を柱とする一連の改革はまさに総仕上げ。政権の最高実力者であるソニア・ガンディー国民会議派総裁も「政府の決定を全面的に支持する」と明言しており、党内の意思統一も出来ているようだ。この英断は大いに評価できるし、恩恵を受ける日本などの大企業や各国政府などもこの改革を支援すべきだろう。そして、2014年春の次期総選挙までに改革の結果を出せず、国民会議派連合が敗北・下野したとしても、これらの改革が後戻りすることがないよう、われわれは新政権に強く働きかけていく必要がある。
 選挙までまだ1年半以上あるが、来春に発表される2013年度予算案は選挙前ということで農民や貧困層などへのバラマキ色が一気に濃くなり、改革が減速する可能性が大きい。諸政策を実行に移すにためにはさほど時間は残されていないのだ。
とはいえ、世界経済の先行きに不透明感が残る中、インド自体の潜在力や市場性は大きく揺らいではいない。内外企業・投資家の信頼さえ回復すれば、流出していたマネーを呼び戻し、経済を再浮揚させるきっかけには十分なりえるだろう。(山田 剛)
 
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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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