「アチェ和平合意」を瓦解させかねない四つの不安要素

執筆者:水本達也 2005年10月号
カテゴリ: 国際

[ヘルシンキ発]八月十五日、石造りの重厚な建物が建ち並ぶヘルシンキ中心部のフィンランド政府迎賓館。インドネシア政府と同国における分離・独立運動を象徴するアチェ州の独立派ゲリラ「自由アチェ運動(GAM)」による和平文書の調印式は、十五分ほど遅れて始まった。約三十年間にわたる紛争の終結を目指す両者代表団は、仲介役のアハティサーリ・フィンランド前大統領に促されてようやく、硬い表情で握手を交わした。「スランビ・メッカ(メッカのベランダ)」と呼ばれるアチェは、二十世紀初頭まで、オランダ植民地支配に最後まで抵抗した歴史を持つ。インドネシア独立後は、イスラム国家樹立運動の拠点の一つとなり、一九七六年にハッサン・ティロ氏の率いるGAMが発足した。 これに対して、国家の安定を最優先した当時のスハルト独裁政権は、徹底的な武力弾圧政策で臨んだ。「統一国家の維持」という名分の下、インドネシア国軍にとってアチェ支配は自らの存在と権益の拠り所となる。独立派ゲリラがいるからこそ、国軍は予算増を要求し、州内各所に検問を設けヤミ通行料をせしめてきた。 今回の和平プロセスは、ユドヨノ大統領にとって二度目の挑戦となる。メガワティ前政権とGAMは二〇〇二年十二月、日米などの支援を受けていったん和平合意を締結。だが、根深い相互不信からわずか五カ月で和平は崩壊した。政府代表を務めたユドヨノ氏(当時、調整相)は交渉途中から国軍の反発に押しまくられ、政府内で孤立した。

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