中台「初の担当閣僚会談」は長いプロセスのスタート

野嶋剛
執筆者:野嶋剛 2014年2月13日
エリア: 中国・台湾

 台湾の行政院大陸委員会の王郁琦・主任委員が2月11日、中国・南京を訪問し、中国の台湾事務弁公室の張志軍・主任と会談した。中台双方でこの中台担当閣僚の会談を「歴史的会談」と位置づけた。会うこと自体が1949年の分断後初めてだったからだが、会談は形式的なもので実質的内容はそれほどなく、中台トップ会談を視野に入れた中台政治対話の長いプロセスのスタートに過ぎない。

 中台は双方でそれぞれの主権を認めていないので、中台の対話は1990年代前半に始まって以来、基本的に民間組織である窓口機関(中国は海峡両岸関係協会、台湾は海峡交流基金会)を通して行われてきた。2008年の馬英九政権誕生後の関係改善局面においても、その原則は貫かれてきたが、政治的に敏感度の低い領域、例えば文化や経済の分野では政府部門の高官の接触はすでに行われている。

 しかし、中台問題を担当する部門同士が会談するということは、まったく違う意味を持つ。お互いの消滅を目指して戦ってきた中華人民共和国と中華民国の初めての政治対話。それゆえに「歴史的」なのである。

 興味深かったのは中国側の使う言葉の変化だ。

 中国の公式メディアは、台湾の王氏に対して、「台湾の大陸委員会責任者」という肩書きを統一的に使った。事前に中国国内のメディアに中央からの「用語に注意せよ」との通知が流れたという。過去は「台湾の両岸問題の担当部門責任者」という呼び方だった。大陸委員会という正式名称まで踏み込み、中国の「善意」を示した。

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執筆者プロフィール
野嶋剛
野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
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