共に食べる(上)食事介助の奥深さ

六車由実
執筆者:六車由実 2014年10月12日

 私は、食事介助が好きである。できれば他のスタッフと交代してでも食事介助の担当になりたいぐらい楽しいのである。けれど最初から楽しかったかと言えば、決してそうではなく、食事介助が辛いだけの時期もあった。それがいくつかの出来事をきっかけにして待ち遠しい時間となり、そしてその奥深さを感じるようになっていった。今回は、食事介助について私が体験したエピソードを紹介しながら、食事を介助するとはどういうことなのかを考えてみたい。

 

食事介助の苦痛

 食事介助は、入浴介助、排泄介助にならぶ、いわゆる3大介護のひとつである。介護現場では身体介護の基本である一方で、介助の仕方によっては、誤嚥性肺炎の原因になったり、あるいは食物をのどに詰まらせて窒息させてしまうこともあり、生命にもかかわる点で技術や知識、経験を要するケアであるとも言われ、介助中は結構緊張感を強いられることも多い。だから、食事介助が楽しい、などというのは介護職員としてはある意味で不謹慎な、不真面目な言葉としてとらえられてもおかしくないのかもしれない。

 実際、私が以前、特別養護老人ホーム(以下特養)で働いていた時には、要介護度が高い方がほとんどで、全介助で食事を召し上がってもらうケースが大半だったから、食事の時はいつも時間に追われていて、とても介助そのものを楽しめるような状況ではなかった。少ない人数のスタッフで時間内に利用者全員の食事介助を終わらせるためには、職員が手分けして、しかも1人で2人の利用者を並行して介助するなどしなければならないのが常であった。1人の方の口に一口ごはんを入れ、ゴクリと飲み込む音を耳で確認しながら、もう1人の方の介助もする。時には一方の介助中に、先にごはんを口に入れた方がひどくむせこんでしまうこともある。むせは誤嚥の信号であり、誤嚥は肺炎の原因にもなるからとても危険な状態である。常に危険と隣り合わせで全神経を張りつめて介助にあたる食事介助の時間は、私にとって相当の疲労感をともなう戦争のような時間であり、苦痛以外の何物でもなかった。

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執筆者プロフィール
六車由実
六車由実 1970年静岡県生まれ。民俗研究者。デイサービス「すまいるほーむ」管理者・生活相談員。社会福祉士。介護福祉士。2008年に東北芸術工科大学准教授を退職し、静岡県東部地区の特別養護老人ホームの介護職員に転職。2012年10月から現職。「介護民俗学」を提唱し実践する。著書に『神、人を喰う』(第25回サントリー学芸賞受賞)、『驚きの介護民俗学』(第20回旅の文化奨励賞受賞、第2回日本医学ジャーナリスト協会賞大賞受賞)。
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