「タイ王室」にも波及? 進む「タクシン派」切り崩し

樋泉克夫
執筆者:樋泉克夫 2014年12月11日

 タイではプミポン国王の誕生日前日に当たる12月4日、首相以下の文武百官に経済界指導者などが、祝賀のために王宮に参内する。それらの国家枢要を前に、国王が国民に向かって過ぎ去った1年を回顧し、自らの所感を語り、国民団結の尊さを諭し、来たるべき新しい年への抱負を語りかけることが恒例となっている。内外の批判を受けながらも財政再建に取り組んだ財務大臣を讃え、政治への容喙(ようかい)の激しい国軍幹部を婉曲に諌め、経済成長のみに邁進する政権には「足るを知る経済」を提案するなど、その姿は「国民の厳父」そのものであった。であればこそ、タイにとっての12月4日は特別な1日なのだ。

 翌5日は誕生日。タイ全土は祝賀ムードに包まれ、国内は華やぎの1日を送る。ところが今年、国王は87歳の誕生日を前にした10月に体調を崩され、王宮での一連の祝賀行事は中止となった。5日にはプラユット首相以下政府関係者が列席し、王宮の外で祝賀式典が行われたが、やはり盛り上がりを欠くのは致し方のないことだった。

 

皇太子妃一族の逮捕

 ところで11月の末、ワチュラロンコン皇太子は内務次官に書簡を送付し、王室がシーラット皇太子妃一族に与えた「アッカラポンプリーチャー」の姓を剥奪し、元の姓に戻すことを命じた。その背景は不明だが、タイ警察幹部の汚職事件容疑者の中にシーラット皇太子妃一族関係者が含まれていることに関連するというのが大方の見方だ。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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