国民を味方にできなかった安倍の躓き

執筆者:喜文康隆 2007年9月号
カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
エリア: 日本

「すべてほんとうの知識は、その源を直接の経験に発しているのである」(毛沢東「実践論」)     *「大変残念なことだけれど、晋三は総理の器ではないのだろう」 参議院選挙のちょうど一年前、安倍晋三の叔父である西村正雄元日本興業銀行頭取は、周囲にこう漏らしていた。西村はその直後の八月一日に急逝する。 西村は、安倍晋三の父・晋太郎の異父弟である。晋太郎の母は、安倍家との折り合いが悪く、若くして家を出ていた。晋太郎は政治家になってからもその母を探し続け、弟である西村に出会った。それは知る人ぞ知るドラマである。後に興銀頭取となった西村は、晋太郎の死後、安倍晋三の後見人として自他共に認める存在になった。 西村は小泉純一郎前総理の靖国参拝などにみられる政治的態度と、市場原理主義に近い経済政策について、嫌悪に近い感情をもっていた。そして、甥である安倍晋三が、小泉後継候補としてこの路線を継承しようと考えていること、また、事あるごとに祖父・岸信介を引き合いに出すことに強い警戒心を抱いていた。 この憤りをぶつけたのが『論座』二〇〇六年七月号の「次の総理に何を望むか」である。西村はこの記事の中で、小泉改革を評価するとしながらも、次の総理は、市場原理主義の修正、アジア外交の再構築をしなければならないと主張した。

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