ブックハンティング・クラシックス
ブックハンティング・クラシックス(37)

準備をとことんやりつくした「プロとしての教師」大村はま

執筆者:苅谷剛彦 2008年4月号
カテゴリ: 書評 社会
エリア: 日本

『新編 教えるということ』大村はま著ちくま学芸文庫 1996年刊(単行本は共文社より73年刊。現在も入手可能) 最近の教育界は、「学び」礼賛の声が溢れている。子どもたちが「自ら学び、自ら考える」。「生きる力」を育てる教育が目指すべきは、子どもたちの主体的な学習である。子ども自らが、自分の興味関心にしたがって、調べたり、発表したりする。自ら学ぼうという意欲を育てることが「新しい学力」の根幹をなすというのが、この二十年ばかりの間、日本の教育界で奨励されてきたことだ。 このような時代に「教えるということ」にはどのような意味があるのか。下手をすれば、教師による「教え込み」、子どもの個性を尊重しない教育として退けられかねない。だが、少し考えてみれば気づくように、いかなる「学び」といえども、教師の「教えるということ」とまったく無関係に成立するわけではない。いや、むしろ、豊かな「学び」を誘発するためには、教師の優れた働きかけが不可欠であるとさえいえる。 言うは易く行なうは難し。それでは、そうしたすぐれた「教えるということ」はどのようにすれば可能なのだろうか。それを目指す教師という仕事は、どのようなものなのだろうか。

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執筆者プロフィール
苅谷剛彦 英オックスフォード大学教授。1955年東京生れ。米ノースウェスタン大学にて博士号(社会学)取得。同大学客員講師、東京大学大学院教育学研究科教授などを経て現職。『教育の世紀』(弘文堂、サントリー学芸賞)、『教育改革の幻想』(ちくま新書)、『知的複眼思考法』(講談社)など著書多数。
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