【インタビュー】水木楊(作家) 母校自由学園の経営になぜ作家は乗り出したのか

執筆者:草生亜紀子 2009年6月号
カテゴリ: 社会
エリア: 日本

「帰りなんいざ、田園まさに蕪れんとす。なんぞ帰らざる」――中国の詩人、陶淵明(三六五―四二七年)が、官職を辞して田舎に帰る決意を歌った詩「帰去来辞」である。この春、東京都東久留米市にある自由学園の理事長に就任した作家の水木楊(本名・市岡揚一郎)氏(七一)は、経営者として母校に戻る心境を、この詩に重ねた。 最初に理事長就任を打診された時は、「今回の人生は物書きとして終わりたい」と固辞。だが重ねて説得され、「生まれて初めて」というほど迷ったと語る。というのも、大学に相当する自由学園最高学部を卒業後、日本経済新聞記者として、あるいは作家として、常にあらゆることは「自分を表現するため」と「自己主義」を貫いてきたからだ。しかし、学校経営は自己主義では成り立たない。 最終的に引き受ける決心をした理由をこう語る。「これまで書いてきたことの七、八割が自由学園で学んだことを基にしたものだった。つまり、私の価値観の原点はここで形成された。だから、恩返しせざるを得ないと思ったわけです」。 ともに報知新聞記者だった羽仁もと子・吉一夫妻が一九二一年(大正十年)に創立した自由学園は、知識の詰め込みではない実践的学問を重視。歩いて、見て、聞いて、考えて、いかに拙くとも自分の物差しを持つ。この教育が、新聞記者になった時に役立ったという。女優の故岸田今日子さん、映画監督の羽仁進さん(もと子氏の孫)らが卒業生として知られる。

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