アフリカの米国「コピー国家」リベリアの数奇な歴史

執筆者:浅井信雄 2001年2月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: アフリカ

 日本人がリベリアという国名を目にするのは、海難事故の船が「リベリア船籍」と判明した時くらいではないだろうか。リベリアは日本と一九六二年に国交を樹立したが、世界各国の概況を日本外務省がまとめた「外交青書」(平成十二年版)には全く記述がないほど影が薄い。しかし、アフリカではたいへんユニークな存在である。 その独立は一八四七年で、共和国としてアフリカでは最も古い。国名リベリアは英語の「リバティ」(自由)、また首都名モンロビアはアメリカの第五代大統領ジェームズ・モンロー(在任一八一七―二五年)に由来する。 国旗のデザインは、横長地に赤と白の横帯が交互に十一本、左上隅の青の正方形に白い星を配したもので、アメリカ国旗をモデルにしている。政治制度もアメリカ型であり、いわばアメリカの「コピー国家」といえる。 西アフリカが外部世界に知られたのは、一四六一年のポルトガル人の来航以降である。CIA(米中央情報局)の推定では二〇〇〇年七月現在、総人口は三百十六万四千百五十六人、うち原住アフリカ人九五%、アメリコ・リベリアンとコンゴ系が各二・五%。最多数派の原住アフリカ人は西スーダンから中世末期に移住して来た。

この記事は役に立ちましたか?
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
comment:0
icon
  • 記事の閲覧、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。
フォーサイトのお申し込み
価値あるバックナンバー
注目記事ランキング
  • 24時間
  • 1週間
  • f
最新コメント
最新トピック
  • 新着
  • 高評価
  • コメント数順