やはり終わった「財界の時代」

執筆者:喜文康隆 2001年2月号
カテゴリ: 経済・ビジネス 金融

 何を復権と言い、何を終焉というのだろうか。雑誌『選択』二月号に掲載された飯塚昭男(前『選択』編集長)の「本格化する財界の復権」という記事を読みながら、そんなことを考えた。 わたしが初めて財界という言葉を知ったのは、恐らく今から四十年ちかく前、三鬼陽之助の主宰する雑誌『財界』を手にした時だった。飯塚は当時、すでに『財界』の若手記者として活躍していたと思う。 たしかに当時、財界は輝いていた。経団連会長は総理大臣からホットラインで組閣人事を相談される重要ポストであり、「財界総理」という別名でよばれていた。桜田武日清紡社長、永野重雄富士製鉄社長、今里広記日本精工社長、水野成夫産経新聞社長は「財界四天王」といわれ、自民党の領袖クラスを上回る政治力を誇っていた。そして、日本興業銀行頭取だった中山素平は「財界鞍馬天狗」の異名をとり、エネルギー、素材、金融など日本の産業の再編成や新規プロジェクトに、快刀乱麻を断つごとく介入していた。 財界復活を願う飯塚の慧眼に水を差すつもりはない。しかし、もし財界が復活するとしても、それは飯塚のノスタルジーとはきわめて違ったかたちをとるように思う。「金庫株」を巡る差異

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