激変する中央アジア「エネルギー地政学」

執筆者:五十嵐卓 2001年10月号

湾岸戦争以降、官・民をあげた米国の進出を背景に、一大ブームを迎えた中央アジア資源開発。その主要エネルギー輸送ルートはいま、“イスラムの海”の中に漂流を始めた――。 米、英がアフガニスタン空爆に踏み切る前々日の十月五日、グルジアのシェワルナゼ大統領はワシントンを急遽訪問し、ブッシュ大統領と会談した。シェワルナゼ大統領は軍事行動に際し空港提供や領空通過などの協力を申し出て、米国側の評価を得た。 ただし、かつてソ連外交を支えた老練政治家が支援を伝えるためだけにホワイトハウスを訪れるわけはない。エネルギー業界関係者は「訪米の真の目的はグルジアを通過するカスピ海からの原油パイプライン・プロジェクトへの米国の関心をつなぎ止める」ことにあったとみる。米同時多発テロは、湾岸戦争以降、米国の官民で盛り上がったカスピ海周辺など中央アジアのエネルギー開発ブームを一気に冷却化させかねない要素を持っているからだ。 九九年十一月、イスタンブールでクリントン米大統領(当時)はアゼルバイジャン、グルジア、トルコの三カ国の大統領が「バクー―セイハン原油パイプライン」の建設合意書に署名する場に立ち会った。米大統領が一プロジェクトの合意式典に参加するのは異例だが、このパイプラインの持つ地政学的な意味からは当然だった。アゼルバイジャンのバクー油田は老朽化で一時、産油量が低下したが、欧米の石油生産技術の導入で復活、未開発の油層の発見もあって世界の主要油田の座に舞い戻った。

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