やっぱり残るは食欲 (12)

新生活

執筆者:阿川佐和子 2023年7月30日
カテゴリ: カルチャー
エリア: アジア
健康のためにオートミールを食べ始めたはずが……(写真はイメージです)( macroworlds / Pixabay

 本連載をまとめた『母の味、だいたい伝授』を上梓した。友人知人に季節の挨拶代わりとして謹呈したところ、ゴルフ仲間の紳士G氏からメールで返信をいただいた。

 「僕もオートミール派だ。同じだね」

 一瞬、なんのことかわからず、まもなく思い出した。そうだ、あの本の中にオートミールの話を書いたのだった。

 八年ぶりに健康診断を受けたところ、動脈硬化が進んでいると診断され、糖質制限を心がけるよう医者から勧められた。その結果、毎朝パンのかわりにオートミールを食べることにした。たしかにそう書いた。しばらく食べ続けた記憶もある。が、まもなく私の健康ブームは去り、オートミールのことなどすっかり忘れ、動脈硬化の恐怖も薄れ、あっという間に糖質を制限しない生活に戻っていたのであった。

 もっともそのエッセイの最後でしっかり予言はしていた。きっと長続きしないであろうと。己の性格を熟知していたものだ。いや、そのエッセイを書いている時点ですでに断念し始めている気配がある。とはいえ、「オートミール生活を始めました」と読者に宣言しておきながら、二年を経ることなくその存在自体を忘れていた自分に呆れる。

 このたび拙著をお届けしたG氏に触発された。こういうのを逆輸入というのかしらね。

 そうだ、オートミールを食べよう!

 こうして私の第二次オートミール生活が始まった。

 G氏いわく、

 「僕はね、ミルクと砂糖をかけて食べるのではなく、お粥と同じ感覚で、ご飯のふりかけやゆかりなどを乗せて食べているんだけど、なかなかイケるよ」

 私もマイブームの最中に、ミルク(実際には豆乳)と砂糖やハチミツなどの甘味を加えて食する方法に飽きたのち、思いついたのは台湾豆乳朝食アレンジバージョンだった。

 オートミールに水を加えて粥状に炊き、その上にねぎのみじん切りや生姜、香菜などを薬味として乗せ、塩、豆板醤(トウバンジャン)、醤油、酢などで味付けし、さらに沸騰させた豆乳を注ぐ。我ながら見事な思いつきだった。おいしさに感動した。感動したはずなのに忘れていた。これは動脈硬化より深刻な老化現象かもしれない。

 それはともかく、G氏にヒントを得て、新たな食べ方を試してみた。熱々に沸騰させた豆乳を注ぐのをやめ、まさにお粥と同じ要領で食べてみよう。そこで大事なのは、何を振りかけるとおいしいかということだ。

 とりあえず、G氏の勧めに従って、ゆかりをかけた。悪くない。続いて台所の抽斗に長く寝ていた玉子ふりかけの封を切って振りかける。これも悪くない。たしか、しば漬けが冷蔵庫に残っていたはずだ。それを乗せ、ついでに白胡麻をパラパラとまぶして食したら、美味であった。ふむふむ。オートミールにはどうやら「ご飯のお供」が合うらしい。私は心を躍らせた。

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執筆者プロフィール
阿川佐和子(あがわさわこ) 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』(新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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