ウクライナにおける「軍事革命」とは何か――デジタル民生技術との融合が生む“新しい戦争”の形

執筆者:部谷直亮 2023年12月5日
エリア: ヨーロッパ
この戦争ではドローンの活用においてウクライナ側が先行し、ロシア側がそれを必死で追いかける構図になっている[ウクライナ東部バフムト近郊でドローンを飛ばすウクライナ兵](C)AFP=時事
塹壕陣地から大砲を打ち合う膠着状態が続くなど、ロシア・ウクライナ戦争は「古典的な戦争」の側面が日本ではクローズアップされがちだ。しかし、緒戦でウクライナ軍が首都キーウを守り切った事実は、ドローンやAIといったデジタル民生技術を駆使する“新しい戦い方”の勝利を示している。現在の膠着状態は、ウクライナの技術革新をロシアが必死に追いかけ、それでも埋まらない差を物量と人命で埋め合わせているというのが実態だ。

 ロシア・ウクライナ戦争は新しい戦争である。ドローンやAIといった最新のデジタル民生技術は、戦い方も産業も兵士の在り方も、抜本的に変えてしまっている。

 名著『戦争論』で知られるクラウゼヴィッツは、戦争とは「相手に我が意志を強要するために行う力の行使」であり、「他の手段を交えた政治的交渉」であると定義し、これらは古代から変化しない戦争の“本質”であると喝破した。しかしその一方で、戦争の“特徴”は時代によって変化するとした。

 そして目下、戦争の“特徴”がかつてない変化を遂げているという指摘が、複数の軍事指導者からなされている。例えば、米陸軍参謀総長のランディ・ジョージ大将は「戦争の特徴は変わりつつある。ウクライナ戦争によりさらに変化し、今後も非常に速いペースで変化し続ける」としている。ロシアのユーリー・バルエフスキー将軍も開戦から半年後に、「安価な民生ドローンが標的の捕捉や修正を含む偵察や砲撃に革命をもたらし、それは現代戦の真の象徴になった」と断言し、戦争の様相が変化していると語っている。

 ウクライナ全軍を指揮するヴァレリー・ザルジニー将軍は、最近のインタビューで「戦勝の鍵は技術であり、技術こそが陣地争いの消耗戦に突入しつつある戦況を転換し、ウクライナが得意とする機動力と速度が勝負の機動戦に戻すことができる」と述べた。また、ウクライナのデジタル担当大臣であり、最新技術の軍事転用の責任者となっているミハイロ・フェドロフ副首相も「ドローンは戦争のゲームチェンジャー」と度々発言し、現代戦の変化を強調している。

 本稿では、ロシア・ウクライナ戦争を「新しい戦争」として捉え、それが「どのように新しいのか」について論じたい。

15歳の少年がホビー用ドローンでキーウ攻略を阻止

 この戦争の新しさは、ウクライナ側が先行し、ロシア側が追いつこうとしている民生ドローンの活用をみればわかりやすい。緒戦においてウクライナは首都中心部まで数km、日本でいえば上野公園あたりまで攻め込まれながらも、ロシアのキーウ攻略軍を撤退に追い込むという大金星を挙げた。

 これに貢献したのが、Amazonで売っているようなドローンを改造、もしくは自作した“素人”集団だった。デジタル民生技術に詳しい素人が、古いハイテク技術を身に着けたプロフェッショナルの軍人を粉砕したのだ。これは、かつて農民の火縄銃が熟練の武士や騎士を撃破したのと同様、「軍事革命」といってよい。

 象徴的な事例を2つ紹介しよう。まずはキーウ西郊に住む15歳(当時)のアンドリー・ポクラサだ。彼は仮想通貨取引で儲けたお金で中国DJI社製のホビー用ドローン(撮影した画像を8kmの距離まで電送可能)を購入した、普通の少年である。

 彼がドローンを購入して1年後、ロシア軍の機甲部隊が大挙して侵攻してきた。アンドリーは夜間に父親の運転する車に乗り込んで北に向かい、キーウ西方40kmの都市ベレジフカ付近に入り込んだロシア軍部隊に対し、ホビー用ドローンによる空中偵察を行った。

 そうして撮影されたロシア軍部隊の画像を、アンドリーの父親が位置座標とともにウクライナ政府が開発した通報用アプリでウクライナ軍に送信。数分後にウクライナ軍は雨あられとロシア軍部隊に砲撃を浴びせた。この親子はその後も通報と「砲兵観測」に努めることでロシア軍の撃破に大いに貢献し、ドローン部隊指揮官からも「真の英雄」と賞賛された。アンドリーは、『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイのような特殊能力を持った少年ではない。彼の他にも多くのウクライナ市民が、同じように民生ドローンで戦争に協力している。

 第2の事例は、民兵ドローン部隊「エアロロズヴィドカ」である。彼らは10万円程度で市販されているドローンキットを400万円かけてカスタマイズした、手作りの爆撃ドローン「R18」を運用する民兵部隊だ。特に、開戦劈頭のアントノフ国際空港の奪回に大きく貢献したとされる。ヘリで空港へと侵入した約200人のロシア空挺部隊をR18やホビー用ドローンで発見し、砲撃を誘導し壊滅させたという。これにより、ロシア軍の空港占領作戦は一旦は頓挫した。アントノフ国際空港は首都キーウの空の玄関口であり、ここが早期に占領されていればキーウの防衛は失敗していた可能性が高い。

 また開戦1週間後にキエフ北方で発生した全長65kmものロシア機甲部隊の大渋滞の裏にも、エアロロズヴィドカの貢献があったとされる。彼らはウクライナ軍特殊部隊とタッグを組み、たった30人でR18ドローンを抱えて四輪バギーに乗り込み森林を縦横無尽に機動、ロシア軍を翻弄した。その具体的な戦術は次のようなものである。

 まず、夜間に輸送車列の先頭車両に対し、3Dプリンタで製造した爆弾をR18から次々と投下。破壊された先頭車両によって渋滞が発生し、困った後続は部隊を分散させようとする。ウクライナ側は次にロシア軍の補給拠点をドローンで爆撃する。かくしてロシア軍は、物資を浪費するだけの巨大な止まった車列を抱え、前線への補給もできなくなってしまった。エアロロズヴィドカはこうした“コンボ”を繰り返すことで全長65kmの大渋滞を維持し続け、ついには撤退に追い込んだ。

 興味深いのは、ドローンは直接的な戦果を生むだけでなく、攻撃時の映像をSNSで拡散させることによって、敵軍や敵国民の士気を阻喪させる一方、自国民の士気を向上させ、国際世論を動かすことにも貢献しているという点だ。認知戦の一翼をも担っているのである。

 こうした映像のもたらすイメージが実際の戦果を超える“大戦果”だったことは、その後の分析からも明らかであり 、ドローンはウクライナ側の戦略レベルにおける有効なプロパガンダ兵器となった。メディア論で著名なマーシャル・マクルーハンは「兵器もまたメディア」としているが、まさにドローンはメディアとしての兵器の特質をもっともよく体現しているといえよう。

 いずれにせよ、デジタル民生技術を駆使する素人の少年や民兵集団が正規軍と協力することで、重厚長大のハイテクを誇ったはずのロシア軍にキーウ攻略の企図を断念させたのだ。

70年前の対戦車砲が精密誘導兵器に生まれ変わる

 また、ドローン等のデジタル民生技術とドッキングすることで、在来兵器の性能が急速に向上するという事態も起きている。ウクライナでは、これまで地平線のこちら側にいる敵と戦うことを前提にしていた直射兵器が、地平線の裏側にいる敵を精密攻撃する兵器に生まれ変わっている。

 例えばグレネードランチャーは小型の爆弾を機関銃のように打ち出して面制圧する兵器だが、以下の動画のように、ドローンと組み合わせることで長距離での打撃が実現している。

https://twitter.com/PaulJawin/status/1597244907214688256

 これは、ドローンからの映像を手元のスマホやタブレット端末で確認し、それを元にして――場合によっては民間のエンジニアがGitHubなどで公開している砲兵観測用アプリも併用して――グレネードランチャーで攻撃するというやり方だ。ロシア軍も最近ではこの戦術を模倣し、米軍でも米海兵隊が実験を始めるなど、その有効性は明らかである。

 戦車もまた数kmの見通し線内において戦う兵器だったが、ウクライナ軍とロシア軍の間では、ドローンで偵察した映像を見ながら射撃することで10kmもの長距離での精密打撃による戦車戦が実現している。1950年代の対戦車砲でドローンと組みあわせて地平線の向こうにいる装甲車やトラックを撃破した例もある。

 つまり民生のドローンとスマホやタブレット端末、そして民生のネットワークとアプリという安価なデジタル民生技術が、戦車やグレネードランチャーといった20世紀の兵器を、ネットワークでつながった精密・長射程の最新兵器に変貌させてしまったというわけだ。

 米陸軍士官学校現代戦争研究所客員研究員のケリー・チャベスも以下のように指摘している。

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執筆者プロフィール
部谷直亮(ひだになおあき) 現代戦研究会代表 、慶應義塾大学SFC研究所上席所員。専門はデジタル民生技術と安全保障、戦争研究。 成蹊大学法学部政治学科卒業、拓殖大学大学院安全保障専攻修士課程(修了)、拓殖大学大学院安全保障専攻博士課程(単位取得退学)。財団法人世界政経調査会 国際情勢研究所研究員等を経て、現在は一般社団法人ガバナンスアーキテクト機構上席研究員他。
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