「説明できない男女の賃金差」解消は社会全体を救う

執筆者:原ひろみ 2024年2月6日
カテゴリ: 社会 経済・ビジネス
男女間の「説明できない」賃金差に気づき、是正することがひいては日本経済にもプラスの効果をもたらす(rudall30 / Shutterstock.com)

 昨年のノーベル経済学賞で「男女の賃金格差」の研究に注目が集まった。その格差には人的資本の差では説明できない部分があり、ジェンダー規範を反映した偏見が格差を生む一因と筆者は説く。特にわが国における男女の賃金差解消は、女性のためだけでなく、日本経済全体にとっても大きな課題である。

社会的課題としての男女の賃金差

 日本経済は、少子高齢化の進行によって労働力人口の減少に直面しており、その確保は、経済活動や社会保障システムを維持するために、長年にわたって政策課題であり続けている。その対応策の1つとして女性の活用が謳われているが、15~64歳の女性労働力率は74.3%とすでに高い水準にある現状を踏まえると1、数量的な活用だけではなく、質的な活用も考える局面に入ったと考える。自身の労働に見合った賃金を受け取れることが、男女関係なく、意欲をもって、持てるスキルや知識を最大限に活用して働くインセンティブになる。よって、質的な活用を促すためには、処遇、特に賃金に“不合理な”男女差を無くすことが不可欠である。

 日本では男女の賃金差は以前より縮小しているが、OECD(経済協力開発機構)加盟国のなかでワースト4位と2、依然として先進国のなかでは格差が大きく、その是正が強く求められている。しかし、その是正を求める動きは、もっぱら女性の賃金にフォーカスされるため、その片面性から是正の動き自体に違和感を表明する人もいる。しかし、日本経済の維持という視点に立てば、男女の賃金差解消は、女性のためだけでなく、社会全体のために取り組むべき課題であることが見えてくる。

昨年のノーベル経済学賞受賞者が注目した男女の経済格差

 昨年のノーベル経済学賞は、クラウディア・ゴールディン米国ハーバード大学教授が、過去1世紀にわたる米国のデータを分析し、女性の労働市場における働き方や賃金に対する社会の理解を高めることに貢献したことを理由に受賞した。ゴールディン教授は、昨年日本でも翻訳された著書のなかで3、男女格差縮小のために、フレキシブルな働き方のコストを下げるシステムの構築を提言しているが、ここでは、日本でなにが必要かを考えたい。

 男性と女性ではそもそも仕事が違うのだから、女性の賃金が低いのは当たり前と言う人がいる。実際に、男女は違う職で働く傾向があり、この事象は性別職域分離と呼ばれる。

 性別職域分離自体に問題がないわけではない。しかし、ここでの論点はそこではない。仕事が違えば、男性同士であっても賃金に違いは生じる。男女の賃金格差の文脈で経済学者が注目するのは 「“人的資本の差で”説明できない格差」である(以下、「説明できない格差」)。一方、「“人的資本の差で”説明できる格差」もある(以下、「説明できる格差」)。

 人的資本とは、耳慣れない言葉であるかもしれない。これは労働者と一体化したスキルや知識のことで、生産性を規定する重要な要因である。学校教育、あるいは職場で教育訓練や経験を積み重ねる人的投資によって、人的資本は高まる。

 人的資本に差があれば、賃金差は生まれる。人的資本が多い人は生産性が高くなり、高賃金を受け取るが、人的資本が少ない人は生産性が上がらず低賃金となるからである。この賃金差は、人的資本の差で「説明できる格差」である。

 一方の「説明できない格差」は、人的資本が同じで、生産性が変わらない人たちにもある賃金格差のことである。そんなものがあるのかと、疑問を覚える方もいるだろう。しかし、計量経済学の手法を用いることで、推計することができる。

日本「説明できない男女賃金格差」は14.8%

 筆者が2021年のフルタイム労働者のデータを使って推計したところ、中央値での男女の賃金差は27.3%であった4。そして、この27.3%の格差は、説明できる格差12.5%と説明できない格差14.8%に分解できることが示された。近年であっても、人的資本に差がない、つまり生産性が変わらないと考えられる男女の間に14.8%の格差が日本にもあるのである。

 説明できない格差は、主に労働市場における差別を表すと考えられている。経済学者は長年にわたって、この労働市場における差別に関する理論的検討や分析を行ってきたが、「統計的差別」と呼ばれる理論仮説がある。これは生産性や勤続年数に“平均的に”男女差があるという企業の認識によって、企業が賃金の高い責任のある仕事を女性に任せないことを指す。その平均像への認識は正しいこともあれば、誤っていることもあるだろうが、いずれにせよ女性というグループの平均像が女性個々人の処遇につながっている可能性を指摘していることから、迎える帰結は同じで、男女で異なる仕事が任されることになり、男性は高賃金を受け取る一方で、女性は低賃金にとどまり、賃金差が生み出される。

 こうした認識は、必ずしも過去の情報や経験だけでなく、バイアス(偏見)に基づいていることが往々にしてある。それが無意識であることさえある。近年、このアンコンシャス・バイアス(無意識下の偏見)はダイバーシティ推進にあたって見逃せない要因として、企業の人事部を含む様々な人たちに注目され、気づきや対処のための研修も行われている。今あるバイアスに対処することは有効であろうが、そうしたバイアスが生みだされない環境を作り出すことも大切である。

「ジェンダー規範」が偏見を生む

 働くという状況下での女性へのバイアスの形成には、ジェンダーに関する社会規範の影響があることは否定できない。ジェンダー規範とは、「男性は外で働き、女性は家庭を守るべき」といった社会で共有される伝統的な性別役割分担に関する意識を指す。ジェンダー規範が強い社会では、個人が「家庭を守るべき女性は外で働くことに向いていない」といった女性に対するバイアスを持ちやすくなり、たとえば人事評価などで、無意識のうちに女性の仕事の成果を実際よりも低く評価してしまい、女性は低い賃金になるということが起こったりする。

 ジェンダー規範の解消は、バイアス形成の阻害につながることが予想されるため、男女の賃金差の是正には必要なことと考える。国際調査の結果をみると、日本は今でもジェンダー規範の強い国の1つでもある5。その解消は決して簡単なことではない。しかし、そのための手がかりを示すエビデンスが、最近見つかっている。

 筆者とヌリア・ロドリゲス=プラナス米国ニューヨーク市立大学教授の研究から、中学校の技術・家庭という科目の男女共修化が、既婚女性の伝統的な性別役割分担意識を中立化し、夫の家事・育児時間を増やす一方で、妻の正社員就業を増やしたことが明らかにされたのである6。これは、学校教育段階で、性別役割分担を肯定するような教育は望ましくないことを示唆している。男女の賃金差、特に説明できない格差の是正には、学校教育段階でのジェンダー平等な教育や取扱いが重要である。

男女の賃金情報の開示政策への期待

 ここで、最近の政策介入に目を向けよう。2022年、女性活躍推進法の厚生労働省令改正によって、常用労働者数301人以上の事業主は、男女従業員の企業内平均賃金の差を公表することが義務付けられた。各社の賃金格差情報は、男女の平均勤続年数の違い等のその他の情報と同様に、厚生労働省が運営する「女性の活躍推進企業データベース(以下、厚労省データベース)」や各社ホームページ等で公開することが求められている。また、2023年3月期決算から、男女の賃金格差は人的資本に関する情報開示項目の一つとして有価証券報告書で開示を求められることとなった。

 男女の賃金情報の開示政策は、企業に、自社における男女の賃金格差を数量的に把握・開示させることで、格差解消のための対応を促し、その実現を目指す政策である。また、客観的情報が開示されることで、労働組合が格差解消のための行動をとりやすくなることも期待される。この政策は、日本よりも先に、15を超えるOECD加盟国で採用されている。

 日本に話を戻すと、今、国内の従業員数301人以上企業の大多数にあたる1万4158社が厚労省データベースに登録しているが、うち1万1431社(81%)が、自社の男女の賃金差を公開している7。たとえば、株式会社メルカリなど、社内で賃金の男女差解消への積極的な取組みを行っている企業にも、厚労省データベースへの登録ではなく、自社HPでの情報公開のみの場合があるが、一覧性の高い形での情報公開が進むことが望ましいと考える。

 ところで、諸外国ではこの政策の因果効果を検証した研究成果が蓄積されつつあり、オーストリアでは効果がなかったことが報告されているが8、デンマークや英国などの複数の国でこの政策に説明できない格差を縮小させる効果があったとされている9

 だからといって、日本でも効果があるだろうと結論づけるには時期尚早である。しかし、日本における賃金の男女差は、経済全体で大きいだけでなく、同じ事業所で働く男女の間で説明できない格差が大きいという特徴がある。そのため、企業内の男女差の是正をターゲットとするこの政策は、日本では有効に作用することが期待される。ただし、賃金決定システムは各国の労働市場で異なるので、将来的には、日本のデータを使った本政策の効果検証が必要なことは言うまでもない。

育児が仕事における「不利益」となる現状

 説明できる格差は無視してよいかというと、そうではない。たとえば、就業中断によって勤続年数が短くなるといったことは、家庭内での役割分担、特に育児から発生する。育児の役割を相対的に多く担っているのは、今でも女性である。一日24時間という時間制約があるため、育児に多くの時間を割いたら、仕事自体だけでなく仕事に関連する学びの時間が減り、結果として、人的資本が蓄積できず、賃金は低くなる。また、子育てのために就業中断をすることは、その後のキャリアの不利益になりやすい。これらは「チャイルド・ペナルティ(子育てによる不利益)」と呼ばれる。

 チャイルド・ペナルティの解消には、夫婦内での役割分担の見直しが必要であるが、これは女性のキャリアや賃金だけでなく、家族の経済厚生を高めることにもつながる。経済学の概念を用いて説明すると、子育て期の家計生産の価値は高く、夫が市場労働に、妻が家計生産に比較優位があれば、それぞれに特化することで、夫婦の経済厚生は高くなる。しかし、子育て期に限定せず、生涯という長期で夫婦の経済厚生を考えた場合、妻の稼ぎ手としての役割も家族にとって重要になってくる。

 もちろん、夫婦の役割分担の見直しではどうにもならない場合も多いだろう。そのため、保育所等の外部保育サービスの活用がキーワードとなるが、朝井友紀子米国シカゴ大学講師・神林龍武蔵大学教授・山口慎太郎東京大学教授が行った研究によると、日本では、子どもの年齢や家庭状況にも依存するが、保育所の拡充には母親の就業率を上げる効果が概ね認められている10。その一方で、現行の利用調整の仕組みが、保育サービスを本当に必要としている家庭の利用をしづらくしている可能性も示されており、現在の保育政策には改善の余地のあることがうかがえる。

社会全体での働き方の見直しを

 さらには、社会全体で働き方の見直しが必要になるだろう。現状では、決められた場所で働き、長時間労働ができ、突発的な事態にも対応できる働き方は生産活動に貢献していると評価されやすく、このような働き方ができないと評価されづらい。仮に、夫婦で育児を主に担当するのは妻で、夫は補助的に参加しているとした場合、夫はなんとかそのような働き方ができても、女性はできず、企業に評価されず賃金は上がらない。前述したゴールディン教授も、「貪欲な仕事 (greedy job)」が男女の賃金差に与える影響に注目している。

 逆に、時間的にも場所的にも自由度が高く育児と両立をしやすい働き方が一般的になり、評価されるようになれば、男性も女性もこの働き方を選択できるので、同じように評価されることになる。また、女性は生産性が低いといった企業の認知が、変わるかもしれない。そして、この働き方は、女性だけでなく、男性にとっても働きやすいものであることは言うまでもない。

 最後に、2020年からのコロナ禍によって、在宅勤務が普及した。在宅勤務は子育て中の労働者をサポートする側面がある一方で、コロナ禍初期には保育所や学校の閉鎖もあったため、育児を主に担当している妻が育児と同時に仕事もしなければならないという状態が生み出され、在宅勤務がオフィス勤務の場合より妻の負担を増やす可能性があることも明らかになった。しかし、筆者らの研究から、夫が在宅勤務をするようになると、家事・育児分担をもっと増やしたいと夫の意識が変わることが示されている11。在宅勤務の普及は、明るい兆しであるかもしれない。

1 総務省統計局『労働力調査(2022年)』

2 OECD (2024), Gender wage gap (indicator). doi: 10.1787/7cee77aa-en (Accessed on 14 January 2024).

3 ゴールディン, クラウディア (2023) 『なぜ男女の賃金に格差があるのか 女性の生き方の経済学』, 慶應義塾大学出版会.

4 原ひろみ (2023) 「男女の賃金情報開示施策:女性活躍推進法に基づく男女の賃金差異の算出・公表に関する論点整理」, RIETI Policy Discussion Paper Series 23-P-009.

5 World Values Survey Wave 6: 2010-2014.

6 Hara, H., and N. Rodríguez-Planas, "Long-Term Consequences of Teaching Gender Roles: Evidence from Desegregating Industrial Arts and Home Economics in Japan,” accepted at Journal of Labor Economics, 2023. https://doi.org/10.1086/728428

7 https://positive-ryouritsu.mhlw.go.jp/positivedb/ . 2024年1月8日現在。

8 Gulyas, A., S. Seitz and S. Sinha (2023) “Does Pay Transparency Affect the Gender Wage Gap? Evidence from Austria,” American Economic Journal: Economic Policy, Vol. 15, No. 2, pp. 236-255. Böheim, R., and S. Gust (2021) “The Austrian Pay Transparency Law and the Gender Wage Gap,” IZA DP No. 14206.

9 Bennnedsen, M., E. Simintzi, M. Tsoutsoura, and D. Wolfenzon (2022) “Do Firms Respond to Gender Pay Gap Transparency?” The Journal of Finance, Vol. 77, pp. 2051-2091. Blundell, J., E. Duchini, S. Simion, and A. Turrell (2022) “Pay Transparency and Gender Equality,” available at SSRN. https://ssrn.com/abstract=3584259 .

10 Yamaguchi, S., Y. Asai, and R. Kambayashi (2018) Effects of Subsidized Childcare on Mothers’ Labor Supply under a Rationing Mechanism, Labour Economics, Vol. 55, pp. 1-17.

11 Hara, H., and D. Kawaguchi (2022) "A Positive Outcome of COVID-19?: The Effects of Work from Home on Gender Attitudes and Household Production," Bank of Japan DP 22-E-2.

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執筆者プロフィール
原ひろみ(はらひろみ) 明治大学政治経済学部教授。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構研究員、副主任研究員、日本女子大学准教授を経て現職。主著に『職業能力開発の経済分析』(勁草書房、2014年、冲永賞)、『日本の労働市場ーー経済学者の視点』(共著、有斐閣、2017年)、『世の中を知る、考える、変えていく』(共著、有斐閣、2023年)。
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