カーボンニュートラル時代の上流資源開発で存在感を増す「中南米大西洋岸」

執筆者:舩木弥和子 2024年4月2日
タグ: 脱炭素
エリア: 中南米

ガイアナ沖合に広がるスタブローク鉱区の可採埋蔵量は石油換算で110億バレル以上とされる[エクソンモービル、ヘスなどエネルギー企業幹部が集まった国際エネルギー会議でスピーチするガイアナのモハメド・イルファーン・アリ大統領=2023年2月14日、ガイアナ・ジョージタウン] (C)REUTERS/Sabrina Valle

ベネズエラとの領土問題でガイアナの石油資源が注目されるが、スリナム、ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチンに至る中南米の大西洋岸沖合は、いまメジャーを中心に広く探鉱・開発が活発化している地域でもある。カーボンニュートラルが提唱され、石油プロジェクトの座礁資産化が懸念される中、そのリスクが低い投資先としてこの地域が選ばれている背景がある。

 脱炭素・ネットゼロの実現が求められ、化石燃料に対する需要が減少するとの見通しのもと、化石燃料の探鉱・開発よりも再生可能エネルギーの開発に取り組む傾向が強まってきた。特に欧州や中国では再生可能エネルギーや低排出電力システムへの投資が増加している。しかし、米国やその他地域の化石燃料開発投資は依然堅調である。非OECD(経済協力開発機構)諸国を筆頭に化石燃料需要が今後増加し、世界の化石燃料の需要は2050年に向けて大きく減退することはないとの見通しが出てきている。化石燃料の探鉱・開発投資は引き続き必要との見方から、探鉱・掘削活動が活発化する兆しが見えてきている。再生可能エネルギー開発投資を増加させ、脱炭素へ向けてのM&A(合併・買収)を多く行っていたエネルギー企業の中にも、埋蔵量積み増しのためM&Aを含めた探鉱事業への参画、権益取得へと回帰するものもある。

 では、実際に、エネルギー企業が上流事業に参入し、探鉱・開発が活発化しているエリアはどこなのだろうか。その一つが、中南米の大西洋岸沖合だ。

緊張高まるベネズエラ・ガイアナだが企業に撤退の動きはない

 中でも、特に注目を集めているのが、ガイアナである。

 長年、商業規模の原油やガスが発見されることがなかったガイアナだが、2015年に米エクソンモービル(ExxonMobil)が同国沖合に広がるスタブローク(Stabroek)鉱区でリザ(Liza)油田を発見、その後、同鉱区内で30以上の油田を発見した。同鉱区の可採埋蔵量は石油換算で110億バレル以上とされている。2019年12月にリザ油田フェーズ1の浮体式生産貯蔵積出設備(Floating Production, Storage and Offloading system:FPSO)が生産を開始したのを皮切りに、現在までに3基のFPSOが生産を開始し、原油生産量は日量65万バレルに近づいている。2027年までに、さらに3基のFPSOが生産を開始し、生産能力は日量130万バレルを上回る見通しだ。エクソンモービルは、油田発見から生産開始まで5年以内と比較的短期間のうちに同鉱区の開発を進めてきたが、さらに油田を発見し開発を行おうと、探鉱や評価にも力を入れている。

 ガイアナでの上流事業への参入の動きも盛んになっており、紛争の火種となるケースも出てきている。

 ガイアナはこれまで個々の石油会社との交渉により鉱区付与を行ってきたが、2023年9月には同国初の鉱区入札を実施した。対象とされた14鉱区のうち8鉱区にエクソンモービルや仏トタルエナジーズ(TotalEnergies)を含む6つのコンソーシアムが札を入れ、入札は活況を呈した。

 同年10月には米シェブロン(Chevron)が530億ドルでスタブローク鉱区の権益30%を保有する米ヘス(Hess)を買収する計画が明らかになった。これによりシェブロンがガイアナに参入することになると思われたが、エクソンモービルが権益取得について優先権を主張し、国際商業会議所に訴状を提出、仲裁の結果を待つこととなった。

 ガイアナ沖合での石油開発に興味を示しているのはエネルギー企業だけではない。

 2023年12月にはベネズエラが、ガイアナの国土の約70%を占める同国西側エリアのエセキボ(Essequibo)地域をベネズエラに併合することへの賛否を問う国民投票を実施し、賛成が多数であったとして、同地域を併合するとした。ベネズエラのマドゥロ(Maduro)政権には、エセキボ地域の併合を提案することで、同政権への不満の高まりを抑え、ニコラス・マドゥロ大統領のもとに国民感情を一本化して、2024年に予定されている大統領選挙を有利に戦いたいという思惑があったと考えられる。しかし、一方で、エセキボ地域ですでに石油、ガス、鉱物資源の探鉱、生産事業を展開している企業に撤退のために3カ月の猶予を与え、探鉱と生産のために新たなライセンスを付与するとしており、マドゥロ政権のガイアナ沖合での石油開発への関心は高いと考えられる。現時点では、参入しているエネルギー企業のガイアナへの投資意欲を削ぐほどベネズエラの脅威は大きなものとはなっておらず、企業に撤退の動きは無く、ガイアナ沖合での探鉱・開発は着実に進んでいる。

活発化しているスリナムの探鉱

 ガイアナに比べ、発見された油田の数は少ないものの、良好な地質状況、油田の規模や有望性、経済条件等から、隣国スリナム沖合もエネルギー企業の関心を集め、探鉱が進んでいる。特に、ガイアナと国境を接する海域を中心に探鉱が活発になっている。

 中でも、Block 58では、ガイアナのスタブローク鉱区で発見された油田と同じトレンドラインに沿った海域で油田発見が続いている。Block58のオペレーターであるトタルエナジーズは、2024 年末までに同鉱区開発の最終投資決定を行い、90億ドルを投じて開発を行い、生産能力日量20万バレルの FPSOを設置、2028年に生産を開始することを計画している。スリナムでは、国営石油会社Staatsolieが1980年代から陸上と浅海域で原油を生産してきたが、生産量は日量1万5000バレル程度と少ない。Block58の開発が順調に行われれば、スリナムは一気に原油生産量を増やすことになる。……

カテゴリ: 環境・エネルギー
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執筆者プロフィール
舩木弥和子(ふなきみわこ) (独)エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)調査部 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2005年4月より現職。「JOGMEC 石油・天然ガス資源情報」ウェブサイトにおいて、中南米地域・カナダのエネルギー情勢に関するレポートを公表している。
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