
元英領のガイアナはつい5年ほど前まではアメリカ大陸の貧困国の一つに過ぎなかった。カリブの小国が集う地域機構カリブ共同体(カリコム)の独立14カ国の中では、一人当たりGDP(国内総生産)がハイチに次ぐレベルの低さであった。広大な面積と人口を誇るブラジルやスペイン語圏の国々と比べると、同じ南米大陸に位置しつつも存在感の薄い存在であった。
ところが、2015年にガイアナ沖で大規模油田が発見されたことで状況が一変した。以降米国のエクソンモービルを始め、外国のエネルギー関連企業が次々とガイアナに進出している。関連インフラ・サービスの需要増にも後押しされ、2020年以降2桁台の高成長が続いている。南米の「フロンティア」であるガイアナの急発展への関心は高まっており、ガイアナと近隣の中南米諸国や主要国との関係にも変化が生じている。
貧困国から高所得国へと急速に変貌
筆者はこれまでに3回ガイアナを訪問したことがある。3回目の訪問となった2016年1月当時の首都ジョージタウンは一国の首都とは思えないほど開発が進んでおらず、国際空港は東南アジアの小都市の空港のような施設であり、市内の排水システムは未整備で、ゴミが溜まった用水路は大雨が降れば溢れるのが一目瞭然であった。ガイアナで三つ星とされるホテルでは、水道管の老朽化により蛇口やシャワーから茶色い水が出ていた。中心部から20分程度車を走らせると辺り一面は畑に変わり、幹線道路から外れた未舗装の道路では牛の群れが我が物顔で闊歩していた。
ガイアナは金やボーキサイトの鉱物資源を輸出しているが、カリコム内では農業国のイメージが強い。コメや砂糖も主要輸出品目である。しかし、強い経済発展に繋げられるような産業には乏しかった。
長年に亘る低開発状況や雇用機会の乏しさ等を背景に、海外移住の道を選択する人は後を絶たない。人口(約80万人)の多く6割相当が米国やカナダ等へ移住し、海外移住率は世界トップレベルである。
しかし、大規模油田発見によりガイアナは悲願の夢であった「貧困からの脱却」を実現しつつある。近年首都近郊はエネルギーや関連サービス企業の社員向けの新興住宅街やショッピングモールの建設ラッシュに沸いている。政府はこれまで停滞気味だった地方のインフラ整備も進めていく予定だ。
2020年には石油の輸出が始まり、石油が最大の輸出品目となった。輸出額は2020年10.6億ドルから2028年には268.2億ドルと約25倍に増える見込みである。実質GDP成長率は2022年に62.3%、2023年に38.4%を叩きだした。2024年には26.6%、以降2027年まで平均20%程度の成長率になると予測されている。一人当たりGDPは2020年の6863米ドルから2022年には1万8200米ドルへ急増、短期間で高所得国への仲間入りを果たそうとしている。
カリコム加盟国に「ベネズエラ離れ」が起きる可能性も
ガイアナの石油開発に神経を尖らせているのは隣国のベネズエラだ。両国は植民地時代に遡る国境紛争を抱えている。その係争地、エセキボ川左岸地域はガイアナの国土の約3分の2にあたり、天然資源が豊富と言われている。
ベネズエラのマドゥーロ政権はガイアナ沖で大規模油田が発見されて以来、ガイアナに対する挑発的な姿勢を強めている。同政権は2023年12月3日に係争地をベネズエラに併合することへの賛否を問う国民投票を実施、この前後、両国の緊張が高まった。その後同月14日に、セントビンセントおよびグレナディーン諸島をはじめとするカリコム諸国が仲介役を務める形で両国首脳会談が開かれた。両国がいかなる状況においても相手を脅迫したり、相手に武力を行使したりしない旨記した共同宣言を発表したことで事態は沈静化した。
とはいえ、両国の国境問題に対する見解の相違がなくなったわけではない。国連や国際司法裁判所(ICJ)を巻き込んだ論争は今も続いている。ベネズエラは2023年10月以降、国境地帯の軍備を強化しており、ガイアナの警戒姿勢は緩んでいない。米国や旧宗主国の英国はガイアナへの軍事協力を増やし事態を注視している。
2015年に両国の関係が悪化するまで、ベネズエラは潤沢な石油収入を活用しペトロカリブ・エネルギー協力協定(ペトロカリブ)の下優遇価格でガイアナに石油を輸出し、ガイアナは石油輸入代金をコメの輸出により支払っていた。他のカリコムの多くの国々も……

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