関税交渉のカードに挙げられた造船分野
日米関税交渉は、参議院選挙後に急展開した。8月1日の交渉期限が迫る7月21日、担当の赤沢亮正大臣は8回目の交渉のため訪米、22日に急遽設定されたドナルド・トランプ大統領との交渉の末、25%への引き上げが予定されていた相互関税を15%までの引き上げにとどめ、自動車(含む部品)に対する25%もの追加関税を半分の12.5%に引き下げることで合意した。
報道によると、日本側の主な交渉カードは、5500億ドル(約80兆円)にも上る日本企業の対米投資に対する融資・保証枠のほか、ボーイング社の航空機100機購入、コメの輸入拡大、農産物など80億ドル(約1.2兆円)購入、すでに決まっている防衛装備品購入の30億ドル(約0.4兆円)拡大などであり、旅客機1機が数百億円、100機で数兆円に上ることも踏まえると、2024年で9兆円近い米国の対日貿易赤字をある程度は削減できそうである。貿易赤字にこだわるトランプ大統領を納得させるに足るメニューだったと言えよう。
日本政府が強力に押した経済安全保障の観点からの投資拡大も、もちろん有力な交渉カードだったと想像される。この中に142億ドル(約2兆円)とされる日本製鉄のUSスチール買収が含まれるかどうかは定かではないが、対象分野としては、レアアースや半導体のサプライチェーン強化、造船や航空機などが挙げられている。
ジョーンズ法の保護主義が招いた「世界シェア0.1%」
なかでも、「製造業復活」を目指す米国にとって、造船分野の協力は興味を引く分野であろう。米国調査会社のデータによると、世界の新造船建造量(2023年)は中国が約半数を占めシェアトップ、続いて韓国が約28%で2位、日本は約15%の3位につけており、これら3カ国で市場の9割以上を占めている。残る数%の大半は欧州で、米国はその他1%程度のうちのごく一部、約0.1%にとどまっている。
こうした造船力の違いは、米国海軍の保有する艦船の数に大きな影響を与えている。米国の軍艦の数は、2015年の270隻程度から2023年に293隻に若干増加したが、この間、中国海軍は255隻から370隻まで増加、米中逆転している。もちろん、空母だけを比べると、米国の11隻に対して中国は試験中を加えても3隻に過ぎず、戦力という観点では未だ米国が中国を凌駕しているとみられるが、造船力の差と中国の軍備増強姿勢を踏まえると、米国に供給力の脆弱さを放置する余裕はない。
そもそも、米国の造船業がここまで競争力を低下させた原因は何なのか。大きな理由とされているのが、米国の海運業や造船業の保護を目的に1920年に制定されたジョーンズ法である。その内容は、米国内の港の間の輸送については、米国製で米国籍、米国資本の所有で船員の75%以上が米国人であることを必要とするものである。海運は重要なインフラであり、安全保障の観点からも国家が一定の制限を設ける合理性はあろうが、この保護主義の極みのような法律のおかげで、米国の造船業は高コスト体質が温存され、国際競争力が著しく低下したことは間違いない。
日韓の高い生産性と競争力を評価
こうした現状を憂慮し、4月9日に署名された「Restoring America’s Maritime Dominance(米国の海洋支配の回復)」という大統領令では、安全保障と経済繁栄のための海事産業再建に向けた方針が示され、その中に同盟国企業による米国の造船能力強化のための投資を促すことも盛り込まれた。
この大統領令に呼応する形で同月30日に米国議会に提出されたSHIPS for America Act of 2025(SHIPS法案)も、安全保障の観点を入れて海運・造船業の強化を目指すもので、米国での船舶建造や米国籍船の調達加速、造船・港湾インフラの強化、人材育成などが盛り込まれている。
ただ、この法案は前述のジョーンズ法を超えるものではない点に留意が必要である。
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