韓国経済の手足を縛る政治混乱と「通貨危機の記憶」――囁かれる「失われた30年」突入論

執筆者:武田淳 2025年3月7日
エリア: アジア
「トランプ関税」への懸念も韓国市場を直撃している[2025年2月28日、韓国・ソウルのハナ銀行本店ディーリングルーム](C)AFP=時事
事実上の大統領不在が続き米トランプ政権への対応が定まらず、景気を下支えする補正予算編成も与野党の協議は進んでいない。頼みの綱は金融政策だが、韓国中銀は1990年代のアジア通貨危機の記憶から資本流出を招きかねない利下げに慎重だ。消費が活発だった若年層にも、「You Only Need One(必要なものしか買わない)」という節約志向が広がってきた。最近では韓国でも、日本のような「失われた30年」に突入するとの見方も語られている。

 

尹大統領失職の可能性高まる

 韓国では、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の弾劾裁判が2月25日に結審し、3月中旬にも判決が出る見通しとなった。罷免が適当だと判断されれば大統領は失職、60日以内に新しい大統領を選ぶ選挙が行われることになる。

 弾劾裁判の行方を左右する主な争点は、①尹大統領の非常戒厳宣布の目的や手続きが不適当で憲法違反ではなかったか、②戒厳令で政治活動まで禁止したことは憲法違反ではないか、③軍と警察を動員し国会活動を妨害したことは戒厳令で認められた範囲を超えているのではないか、④軍が裁判所による令状なしで政府機関の捜査を行ったのではないか、とされる。すでに一部は違憲であることを裏付ける証拠があると言われており、罷免となる可能性が高いとの見方が大勢である。

不透明な大統領選の行方

 5月中旬までには行われる見込みとなった大統領選を展望すると、世論調査では野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表が今のところ他の候補を大きく引き離してリードしている。しかしながら、李代表は昨年11月、前回の大統領選で虚偽の事実を述べたとして、公職選挙法違反で一審は有罪判決を受けている。現在、控訴中であるが、3月中にも判決が出る見通しであり、仮に再び有罪となれば上告するだろう。その場合、結論は3カ月以内、つまり6月中までに出る。つまり、大統領選前に有罪判決が出るリスクは相応に残ることになる。共に民主党は、李代表を本当に候補にするかどうか、難しい判断を迫られよう。

 与党「国民の力」の候補は、尹大統領続投の可能性も踏まえ選挙活動を積極的にできないこともあり、野党候補の李在明代表に比べ存在感がない。有力な候補としては、金文洙(キム・ムンス)雇用労働部長官、洪準杓(ホン・ジュンピョ)大邱市長、呉世勲(オ・セフン)ソウル市長、韓東勲(ハン・ドンフン)前代表などが挙がっている。洪準杓氏は豊富な実績があるが前々回の大統領選で文在寅(ムン・ジェイン)氏に敗北、呉世勲氏は実力を高く評価されているがエリート色が強いため人気が上がらず、韓東勲氏は若きリーダーとして期待されるが尹大統領と同じ検事出身であることがマイナスと、それぞれ決定打に欠く。そのような中で、安定感のある金文洙氏が支持率では一歩リードしているが、本当に優劣が明らかとなるのは大統領選が本格化してからであろう。

 また、世論調査では与野党の支持が拮抗している。世論調査会社リアルメーターによると、2月第3週の政党支持率は、与党「国民の力」42.7%に対して、野党「共に民主党」は41.1%へ低下し再び逆転を許した。翌週は共に民主党が再逆転したが、弾劾乱発で野党の支持が40%台に戻った1月中旬以降、与野党の支持は抜きつ抜かれつの状態が続いている。

 次の大統領に誰がふさわしいか、という問いでは野党代表の李在明氏が他を大きく引き離し続けているが、上記の通り与党候補は支持が分散している面もある。そもそも、野党も李代表が出るとは限らない。そのため、最終的に与野党の大統領候補がそれぞれ誰になり、どちらが勝つのか、現時点では全く見通せない状況だと言える。

政治空白でトランプ関税への対処も停滞

 こうした政治の混乱や先行き不透明感は、韓国経済に大きな影響を与えている。

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カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
武田淳(たけだあつし) 伊藤忠総研・代表取締役社長/チーフエコノミスト。1990年 3月、大阪大学工学部応用物理学科卒業、2022年3月、法政大学大学院経済学研究科修了。1990年、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。第一勧銀総合研究所(現みずほ総合研究所)出向、日本経済研究センター出向、みずほ銀行総合コンサルティング部を経て、2009年1月、伊藤忠商事入社、マクロ経済総括として内外政経情勢の調査業務に従事。2019年 4月、伊藤忠総研へ出向。2023年4月より現職。
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