
カリブの小国トリニダード・トバゴ(以下TT)が2019年に在留登録を完了したベネズエラ移民・難民に対し合法的滞在を認める措置を導入してから5年以上が経過した。当初、この措置は時限的なものであったが、ベネズエラにおける政治・経済・社会的危機の長期化や新型コロナウイルス感染拡大の影響等を受け延長されてきた。
2019年に在留登録を済ませたベネズエラ人は約1.7万人、その後2021年に2019年の在留登録完了者のみを対象に再登録期間が設けられたが、再登録したのは約1.4万人に留まった。数千人がその後本国に帰国したり、第三国に移り住んだりしたと言われている。TT政府の在留外国人統計の公表が遅れているため、ベネズエラ人人口の正確な数の把握は難しい。在留登録を行わなかった人々や在留登録受付期間以降に来た人々等も含めると、TTに住むベネズエラ人の数は国際機関の推計で少なくとも4万人に及ぶ。これに対しTT警察は2020の時点で12万人と発表していた。
人口1人当たりでは世界最大のベネズエラ人受入れ国
筆者は2023年夏に約4年ぶりにTTを訪問した。トリニダード島では飲食店で働くベネズエラ人が多くなり、街中では物乞いをするベネズエラ人親子の姿を目にし、以前のTTと様変わりしたことが印象的であった。筆者の10年来の友人であるTT人やフィリピン人の家でもベネズエラ人が清掃員や塗装工として雇用されていた。2024年夏に再訪問したところ、ベネズエラ人を雇う飲食店や商店がさらに増えており、ショッピングモールではベネズエラ人家族がTT人に溶け込んで買い物をしている姿を頻繁に目にした。TTの公用語は英語だが、ベネズエラ人人口が多い地域ではスペイン語を話しながら通りを歩くベネズエラ人の姿が目立ち、住人のほとんどがベネズエラ人というアパートもある等、まるでスペイン語圏にいるかのような感覚に陥った。
国際機関やTT政府の発表に基づくと、ベネズエラ人がTTの人口(約153万人)に占める割合は約3~8%となる。日本の場合、在留外国人を合計してもその割合は3%以下であることを考えると、TTでのベネズエラ人のプレゼンスの大きさがよく分かる。絶対数でみると、コロンビア(約280万人)やペルー(約170万人)には及ばないものの、人口1人当たりで見るとTTは世界最大のベネズエラ人受入れ国となる。
TTに住むベネズエラ人の大半はボートで不法入国した人々で合法的滞在者は少ない。彼らは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国際移住機関(IOM)、そしてこれらのパートナー団体に登録し必要な支援を受けている。しかし、UNHCR等に登録したからといってTT国内での身分は保証されない。TTのキース・ローリー政権は自国に来るベネズエラ人は「経済移民」であるとの姿勢を貫いている。TT高等裁判所は、TT国内法には難民条約にかかる義務やノン・ルフールマンの原則1に基づく規定が含まれていないため、これらはTTでは適用されないとの判断を下している。つまり、TT政府は在留登録を済ませていないベネズエラ人を「不法移民」とみなしており、難民認定には消極的ということを意味する。このため、TTの警察や沿岸警備隊等が、TT政府発行の在留カードを持たないベネズエラ人の身柄を拘束し劣悪な環境の収容施設に押し込めたり、彼らを強制送還したりする事例が後を絶たない。
ベネズエラ人による周辺国への脱出の背景には強権的性格を強めるニコラス・マドゥーロ政権下での政治・経済・社会的危機の深刻化がある。しかし、シリアやアフガニスタン、パレスチナやウクライナ等戦下・紛争下にある国・地域から逃れた人々を取り巻く状況とは異なっているため、ベネズエラ人の場合は難民条約に規定されている難民には当てはまらないとの意見もある。
確かにベネズエラ人に国外脱出を決意させているものとしては、貧困や生活苦といった経済的要因が大きい。だが、政治的意見を理由に脅迫を受けた者も少なからず存在する。TT在住のベネズエラ人の中にも、政権側から自分や家族に対する嫌がらせが相次ぎ、時には命の危険まで感じたという声があった。国外に移り住んでも、自分のSNSのアカウントに匿名で脅迫的な書き込みをされる、パスポートを更新してもらえないといった事例もあるようだ。
2000年代以降の国際社会では、明確な迫害は受けていないものの内政の混乱を背景として国外に移住する「難民と移民の中間に位置する人々」を「強制移動民」や「生存移民」等として扱うことについての議論が進んでいる。中南米では1984年の「難民に関するカルタヘナ宣言」2において、「生命、安全、自由が、一般化された暴力、侵略、国内紛争、圧倒的な人権危機または公の秩序を著しく乱す他の事情によって脅かされた者」も難民に含めると定義づけている。これらを考慮すると、ウーゴ・チャベス前政権および現マドゥーロ政権下に国外に出たベネズエラ人の多くは難民に当てはまると解釈出来るであろう。
未成年者2000人のほとんどが公教育を受けられず
TTに住むベネズエラ人の滞在期間は長期化する傾向にある。母国では教師や石油関連企業のエンジニア等として活躍していた人も多く、一時的な避難先としてTTに来たものの、ベネズエラの不安定な国内情勢が続き滞在延長を余儀なくされている。しかし、言葉の壁や資格認定制度の不備等から、TTではウエイトレスや小売店の品出し係、建設作業員や清掃員等として働く以外の道はない。最低賃金割れや賃金未払い、雇用主による暴力といった事例も報告されており、ベネズエラ人の多くはTTの雇用の最底辺で厳しい生活を強いられている。
ベネズエラ移民・難民の社会包摂に関して大きな懸念事項に浮上しているのが、子どもの教育である。当初TT政府はベネズエラ人の子どもを公教育に受け入れない方針を取っていたが、2023年7月に一定条件を満たした子どもについては公立学校に受け入れる旨方針転換を行った。これを受けて2024年9月には公立校で18歳未満の子どもたちの受入れが始まったが、同時点で入学を認められたのはわずか23人であった。TT政府の発表ではTT国内に在留するベネズエラ人の未成年者は同時期に約2000人に達しており、ほとんどが公教育にアクセス出来ていないことが分かる。

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