API国際政治論壇レビュー(2021年7月-2)

3.アメリカと同盟国との責任分担/4.民主主義諸国によるワクチン外交/5.香港で報道の自由が消えた日

『蘋果日報』幹部の逮捕で、情報源だった市民も危険に晒される ⓒAFP=時事
権威主義との体制間競争に勝利するには、同盟国との共同歩調がカギとなるーーそうした共通認識は、アメリカが支える安全保障体制に守られてきた日本、あるいはドイツに、応分の責任分担を求める論に結びつく。同盟の機能が問われるのは軍事だけに止まらない。自国でのG7サミット開催に合わせ、ジョンソン英首相は「民主主義諸国によるワクチン供給」の重要性を強調した。一方、香港の「民主」の象徴だった蘋果日報がついに廃刊においこまれた。その状況を自らに重ね合わせる台湾メディアや世論には、大きな反発が生まれている。

3.アメリカと同盟国との責任分担

 バイデン政権に権威主義体制との体制間競争で勝利するための十分な財源が備わっていないとすれば、その論理的な帰結として、同盟国に対してよりいっそうの防衛努力と責任分担を求めることが想定される。はたして同盟国にその覚悟があるのだろうか。ブルッキングス研究所のトマス・ライトは、体制間競争に勝利できるか否かは、アメリカの同盟国がどの程度共同歩調をとるか、そしてアメリカ国内でそのような外交路線がどの程度幅広い支持を獲得できるかにかかっていると論じる[Thomas Wright, “Joe Biden Worries That China Might Win(中国の勝利を恐れるジョー・バイデン)”, The Atlantic, June 9, 2021]。

 インド太平洋におけるアメリカの最も重要な同盟国、日本はどうか。日本は、体制間競争において民主主義国家としての価値を擁護して、対中抑止力を構築する上で十分な貢献をすることができるだろうか。トランプ政権で国防副次官補代理を務めたエルブリッジ・コルビー、そしてダートマス大学准教授で日本外交が専門のジェニファー・リンドは、『NIKKEI Asia』において、「日本は平和主義を放棄して、集団防衛を擁護すべきだ」と主張する[Elbridge Colby, Jennifer Lind, “Japan must disavow pacifism and embrace collective defense (日本は平和主義を放棄し、集団防衛を擁護すべきだ)”, NIKKEI Asia, June 18, 2021]。日本が従来の平和主義の巣の中に引きこもり、中国に対抗するための抑止力構築とこれまで以上の防衛努力へと前進しないのであれば、アメリカ国内では「なぜ自分たちが日本人以上に気を配ってリスクを負わなければならないのか」と疑問を抱く人が増えるだろう。また同時に、中国はよりいっそう冒険主義的で、強硬な行動を選択することになり、地域における安定は崩壊するだろう。それは結局、日本の安全や利益を崩壊させることになるはずだ。

 日本だけではない。ベルリンの壁崩壊とドイツ統一から30年ほどが経過して、中国やロシアのような権威主義体制が影響力を拡大する中で、ドイツはこれまでのようにアメリカに安全保障を担ってもらおうと甘え続けることはできない。自由民主主義が世界中に広がるという、ドイツの楽観的な見通しは修正されるべきだと、『フィナンシャル・タイムズ』紙のチーフ・ポリティカル・コメンテーターのフィリップ・スティーブンスは説いている[Philip Stephens, “After Merkel, Germany must admit the return of history(メルケル以後、ドイツは「歴史の終わり」がもはや通用しないということを認めなければならない)”, Financial Times, June 24, 2021]。はたして日本やドイツは、そのような危機意識をもってよりいっそう防衛費を増大させることができるだろうか。バイデン・ドクトリンに基づく民主主義体制と専制主義体制との体制間競争の行方は、それによって大きく左右されるであろう。

 もちろん、アメリカの同盟国として日本やドイツのみが重要な役割を担うというわけではない。EUや、ASEAN(東南アジア諸国連合)、そしてインドもまた、今後より一層重要な役割を担っていくのであろう。インドとの関係強化に動いたEUは、さらにASEANとの関係も強化することを求めている。コロナ下でも活発な外交活動を行うEUのジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表は、タイの『バンコク・ポスト』紙において、EUとASEANが「当然のパートナー」であるとして、よりいっそうの関係強化を提唱する記事を寄稿している[Josep Borrell, “EU, ASEAN are 'Natural Partners'(EU、ASEANは「当然のパートナー」)”, Bangkok Post , June 17, 2021]。

 また、これまでインドは冷戦下でも冷戦後の米中対立の構図の中でも、いずれかの側に組み込まれることに警戒感を抱いてきたが、シンガポール国立大学南アジア研究所所長のラジャ・モハンは従来の方針を修正して、G7を通じて西側諸国との関係を強化する必要を説いている[C. Raja Mohan, “For India, G-7 is an opportunity to expand ties with West(インドにとって、G7は西側との結びつきを拡張する機会である)”, The Indian Express, June 10, 2021]。

4.民主主義諸国によるワクチン外交

 民主主義体制が、権威主義体制との競争においてより影響力を拡大し、優位性を確立するためには、防衛費を増加させて軍事バランスを有利にすることのみが求められているわけではない。むしろ、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するために、民主主義諸国が国際社会でどのような貢献をするかということもまた、重要な意義を有している。

『フィナンシャル・タイムズ』紙アソシエイト・エディターのエドワード・ルースは、中国とロシアが、有効性が劣りながらも大量のワクチンを途上国に提供しているなかで、民主主義諸国も少なくともそれと同等な規模で支援をしなければ、いずれ国際社会で影響力を大幅に失うことになるであろうと警鐘を鳴らす[Edward Luce,“West risks retreating into Covid limbo(西側はCovid-19の虚無に陥る危険性がある)”, Financial Times, June 24, 2021]。著名な国際政治学者であるジョセフ・ナイ・ハーバード大学名誉教授もまた、アメリカが国際社会に大規模にワクチンを提供することは、それ自体がアメリカの国益になると説いている[Joseph S. Nye Jr, “Vaccinating the world against Covid-19 is in America’s national interest(コロナに対するワクチンを世界に接種することはアメリカの国益にかなう)”, The Strategist, June 3, 2021]。ポピュリストやナショナリストが、アメリカのワクチンを海外に供与することに強い反発を示しているが、ナイは視野の狭い議論を批判する。

 G7議長国となったイギリスのボリス・ジョンソン首相は、『NIKKEI Asia』への寄稿で、G7がワクチン10億回分を供給する重要性を述べている。同首相は「パンデミックを克服する」ことを共通の使命に掲げ、中国やロシアのような権威主義諸国ではなく民主主義諸国が「可能な限り速やかに可能な限り多くの安全なワクチンの供給」を行なうことの重要性を強調した[Boris Jonson, “G-7 nations should donate 1bn vaccine doses to developing countries(G7はワクチン10億回分を途上国に寄付すべきだ)”, NIKKEI Asia, June 11, 2021]。実際に、コーンウォールG7サミットの首脳コミュニケには、そのような方針が盛り込まれた。同コミュニケは、民主主義諸国が結束して「可能な限り多くの人々に、可能な限り速やかに可能な限り多くの安全なワクチンを供給することで、世界中で予防接種を行うための強化された国際的な取り組みを即時に開始し、これを推進することで、パンデミックを終息させ、将来に備える」と謳っている。

5.香港で報道の自由が消えた日

 イギリスのコーンウォールでのG7サミットが民主主義諸国の強い決意を示す機会となった一方で、地球の裏側の香港では民主主義の希望が潰えて、報道の自由の灯りが消えるような失望が広がっていた。

 かつて中国政府は、1984年の英中共同声明にて、1997年の香港の中国返還後に、一国二制度がその後50年間維持されることを約束した。「50年間」ということであれば、本来は「2047年」まで、香港では中国本土とは異なる法制度や政治制度が維持されなければならなかった。しかしながら、昨年6月30日から施行された香港国家安全維持法によって、民主化などの抗議活動や、共産党政権を批判するような報道の自由が大幅に制限されることになった。そしてその一つの帰結として、香港で民主派支持を鮮明に掲げるほぼ唯一の日刊紙であった『蘋果日報(アップル・デイリー)』が廃刊に追い込まれた。同紙は6月24日、一面に「香港人が雨の中でつらい別れ」という見出しを掲げた最後の紙面を発行した。

 今ではデータが削除されてアクセスできなくなっているが、6月22日の『蘋果日報』紙では、香港民主党の元党首で元立法会議員の劉慧卿(Emily Lau)が、最後の寄稿をしている。同氏はそこで、『蘋果日報』への警察の捜査と幹部の逮捕、国安法施行により人々が萎縮してしまい、すでに報道と表現の自由が狭まっていることを静かに批判している。また、これらの権利を守るために香港人は権利を行使して、これからも威厳を持って生活するべきだと唱えている[Emily Lau, “In spite of traumatic developments, Hong Kong people must continue to live in a dignified way(トラウマのような出来事が起こっても、香港人は威厳を持って生きるべきだ)”, Apple Daily, June 22, 2021, (Accessed in June 22nd)]。

 6月17日の朝、数百名の警察官が『蘋果日報』の発行元である壱伝媒(ネクスト・デジタル)の建物へと突入し、5時間にわたる捜索の末、数多くのパソコンや、サーバー、ハードディスクを押収した。また関連会社を含めた1800万香港ドル(約2億6000万円)の資産が凍結された。6月19日には張剣虹(Cheung Kim-hung)CEOと羅偉光(Ryan Law)という2人の編集長の初公判が、西九龍の裁判所で始まった。彼らと黎智英(Jimmy Lai)は、外国に向けて香港と中国本土に制裁をかけ、敵対的な行動をとるよう呼び掛けた罪に問われている。しかしその罪状は、事実に基づかない。張剣虹と羅偉光の保釈の要求は、首席判事により国家の安全に対する脅威だとして却下され、次回の公判は8月13日に開かれる。今回の事件はメディアの幹部が国安法に抵触したとして逮捕された最初のケースであり、他の報道機関は国安法に一掃されないか怯えている。

 劉慧卿は、今回の『蘋果日報』幹部の逮捕がいわば「警報」の役割を果たすだろうと書いている。というのも、警察が押収した資料により、そこに所属するジャーナリストと関わった市民の身元が明かされるかもしれないからだ。この報道の自由に対する攻撃が、人々の背筋を凍らせたことは間違いない。攻撃によってジャーナリストが自己検閲に向かうのみならず、情報源の市民も身元を明かされる恐怖を味わった。今後、ジャーナリストに事実を話すことは、香港人にとってはあまりにも危険なことになってしまった。報道の自由、表現の自由、思想良心の自由の侵害に対する懸念が深まっている。そしてこの記事は、厳格な国安法施行以降、香港は原形をとどめないほど変わってしまったと多くの人々が嘆く現状を伝えている。

 このような批判が沸騰した後に、北京の『環球時報』ではそれを否定して、政府の決定を擁護する社説を掲載している。そこでは、『蘋果日報』をトランプのTwitterなどと同列に並べた上で、憲政への抵抗を煽動するようなメディアは国益と安全に反すると主張し、西側による今回の一件への非難を逆に批判している。その上で、「いずれ収まるところに収まるのである。(原文は、青山遮不住,毕竟东流去)」という表現で、眼前の変化があまり大きな意味を持たないことを強調する。また、「報道の自由」とは、「国の利益と公共の安全と一致しているべきである」と論じている[「倒闭的是苹果日报,不是香港新闻自由(倒されたのは蘋果日報であり、香港の報道の自由ではない)」『环球网』、2021年6月24日]。これは明らかに、民主主義諸国における一般的な理解とは大きく異なるものであろう。

 こうした中国政府の動きは、いまや国際情勢の中での台風の目となっている台湾のメディアや世論で大きな反発を生み出している。香港における『蘋果日報』の発行停止処分の報道を受けて、『自由時報』の6月24日の社説は台湾自らの危機的状況と重ね合わせている[「社論 香港戒嚴狀態(社説 戒厳状態の香港)」、『自由時報』、2021年6月24日]。すなわち、今まで中国による対台圧力は、西側世界にとっては遠隔地の危機だと認識され、経済貿易上の利益を犠牲にしてでも台湾を支援する選択がされてこなかった。しかし、かつてイギリスの植民地であった香港では、2つの普通選挙(行政長官と立法会)の機会が失われ、また北京から治安維持法の洗礼を受けた。これらは中国の国際的なルールに対する態度を、西側世界が認識するのに十分な機会だったであろう。オーストラリアの国土面積はアラスカを除いたアメリカと大差なく、オーストラリアを過小評価することはできない。台湾の人口はオーストラリアと大差ない。だとすれば台湾を過小評価することはできないはずだーー。

 台湾で育まれた民主主義を、台湾の人々は簡単に放棄することはできないであろう。そして、香港で報道の自由が失われる様子を注視する台湾にとって、北京政府との関係はよりいっそう困難なものとなるであろう。その意味でも、『蘋果日報』紙の刊行停止の処分は、巨大な余波を残すことになった。(7月・了)

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
API国際政治論壇レビュー(責任編集 細谷雄一研究主幹)
米中対立が熾烈化するなか、ポストコロナの世界秩序はどう展開していくのか。アメリカは何を考えているのか。中国は、どう動くのか。大きく変化する国際情勢の動向、なかでも刻々と変化する大国のパワーバランスについて、世界の論壇をフォローするアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)の研究員がブリーフィングします(編集長:細谷雄一 研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)について:https://apinitiative.org/
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