東電賠償スキームに関する嘘

原英史
執筆者:原英史 2011年5月13日
カテゴリ: 政治
エリア: 日本

 政府は13日午前、東電賠償スキームに関する文書を関係閣僚会合で決定した。

 
菅総理や枝野官房長官からは、
・「東電の救済ではない」
・「電力料金は上げない」
・「国民負担にはならない」
といった発言が繰り返されていたが、最終的に決定された文書を見ると、「言っていること」と「正式決定に書いてあること」が全く違う。
以下、発言と対比しつつ、政府文書を見ていきたい。
 
(1)「東電の救済」は明記されている。
菅総理は12日、「東京電力の救済ではない」と発言。ニュース番組でも繰り返し映像が流された。
 
しかし、政府文書を見れば、この言葉と全く逆。
損害賠償のための「機構」を設け、機構が東電に対し、「上限を設けず、必要があれば何度でも援助し、損害賠償、設備投資等のために必要とする金額のすべてを援助できるようにし、原子力事業者を債務超過にさせない」と書いてある。
つまり、「東電を救済」ということだ。
 
(2)東電の賠償額には上限が設定される。
東電の賠償額に上限を設定するかどうかは、ここしばらくの焦点。枝野官房長官は「上限設定は許されない」(4月27日枝野長官会見など)と言っていた。
 
しかし、政府文書に書いてあるのは、「事前の上限を設けることなく・・」。
つまり、「事前」でなく、「事後」の上限は設けるという意味だ。
 
(ちなみに、前述のとおり、「機構から東電への援助」は、「事前の」などと限定をつけず、掛け値なしに「上限なく」行うと明記されており、これとの対比は鮮明である。)
 
具体的に見ていくと、東電が「最大限の経営合理化と経費削減」、「ステークホルダーに協力を求める」などを行っても足りない分は、政府が支援するという。
つまり、東電が経営合理化、経費削減、ステークホルダーへの協力要請などを「最大限」頑張って負担できる額が、当面の「上限」となる。
なお、経営合理化、経費削減など、せいぜい数千億レベルで、求められる賠償総額とはケタが違う可能性もある。
 
また、支援額は、特別負担金により東電が返済するのが原則(だから、最終的には東電が負担)と言うが、一方で政府文書には、「負担金の支払により電力の安定供給に支障が生じるなど例外的な場合には、政府が援助を行うことができる」とも書いてある。
 
(3)電力料金は上がる。
枝野長官は「基本的に電力料金の値上げによらずに賠償の資金を出す。そのためのスキームを作った」(5月12日午前枝野長官会見)と言っていた。
 
しかし、政府文書では、「電力料金を上げない」とは、どこにも書いていない。
むしろ、書いてあるのは、電力会社は「負担金を事業コストから支払」ということ。
電力料金は、電気事業法上、「コスト+適正利潤」と定められているので(19条)、負担金分コストが増せば、当然、電力料金は上がるはずだ。
 
(枝野長官は、経営合理化でそれ以上にコストカットすると言いたいのかもしれないが、それはもともと電気料金が高すぎたということであり、また、少なくとも政府文書上、「負担金相当分の経営合理化を行う」ことを担保する記載もない。)
 
(4)国民負担は必ず生ずる。
枝野長官は「一般的に思われているような損害額の範囲に抑え込むことができれば・・・いわゆる電気料金とか税金とかが直接使われることなく、東電とステークホルダーの自助努力の範囲の中で、賠償額に相当する額を出すことができるだろう」(5月12日午後枝野長官会見)とも言っていた。
 
「何ら国民負担は生じない」という内容の発言だが、すでにみたとおり、政府文書上は、東電とステークホルダーで最大限頑張っても足りなければ、国民負担になる。
むしろ文書に書いてあるのは、「国民負担の極小化」という言葉。
つまり、「東電とステークホルダーの自助努力の範囲」で収めるのは無理で、国民負担は生じてしまうが、それを何とかできるだけ小さくしたいという意味合いだ。
 
(5)株主と債権者の負担は求められていない。
政府文書では、株主責任も問われず、債権者の負担も東電と債権者の交渉に委ねられている。
枝野長官は文書決定後、債権放棄が一切ない場合はどうなるのかと問われ、「国民の理解は到底得られない」として、公的資金投入がなされない可能性を示唆した(5月13日午前枝野長官会見)。
 
だが、これも文書上は、そんな記載はない。
むしろ、今回のプロセスを見れば、政府から東電に6条件の一つとして「ステークホルダーに協力を求めること」(債権カットの結果は求められていない)を示し、東電がこれを受諾して支援枠組みが決定したはずだ。
 
また、仮にこうした局面になって、政府が「公的資金を投入しない」と言ったとき、東電と銀行から「では、電力供給がストップしますよ」と言われたらどう対応するのか。
政府文書を見る限り、結局、「必要があれば何度でも援助し・・・原子力事業者を債務超過にさせない」という以外の解が用意されているとは見受けられない。
 
(6)政府は責任を負わない。
最後に、政府の責任に関して、菅総理は「原子力政策を国策として進めてきた政府にも大きな責任がある」と発言していた(5月10日菅総理会見)。
事故以前の過去の政策の問題に加え、今後の検証次第で、事故発生後の対応の不備を問われる可能性もあろう。
 
ところが、政府文書をみると、「政府は・・社会的責務を認識」。つまり、法的責任は負わないという趣旨が書いてある。
たしかに、原子力損害賠償法では「事業者への責任集中」が定められているのだが、今後の検証の中で政府の対応の問題が問われても、「政府(政府責任者を含め)は社会的責務だけ」と言うつもりなのだろうか。
 
ともかく、ここまで、「総理や官房長官の発言」と「政府の正式決定」が乖離しているのは、あまり見たことがない。
 
 
*この問題に関するフォーラム・トピックはこちら→「東電賠償スキームについて
 
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執筆者プロフィール
原英史
原英史 1966年東京都生れ。東京大学法学部卒、米シカゴ大学院修了。89年通商産業省(現・経済産業省)入省。大臣官房企画官、中小企業庁制度審議室長などを経て、2007年から安倍・福田内閣で行政改革・規制改革担当大臣の補佐官を務める。09年7月退職。株式会社政策工房を設立し、政策コンサルティング業を営む。大阪府・市特別顧問、国家戦略特区ワーキンググループ委員(内閣府)、社会保障審議会年金事業管理部会委員(厚生労働省)を務めるほか、NPO法人万年野党理事、「地方議会を変える国民会議」発起人など。著書に『官僚のレトリック』(2010年、新潮社)、『「規制」を変えれば電気も足りる』(2011年、小学館101新書)、『日本人を縛りつける役人の掟/岩盤規制を打ち破れ』(2014年、小学館)、『国家と官僚』(2015年、祥伝社新書)。
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