薄煕来に致命傷を与えた谷開来という女性の闇

野嶋剛
執筆者:野嶋剛 2012年4月15日

 中国で汚職は犯罪ではない。もちろん刑法上は犯罪だが、権力者の汚職は、権力の失墜があって初めて暴かれるものであり、権力者でいるうちは罪に問われることはまれだ。

いま「谷開来は中国人ではなかった」という噂が広がっている。10日の公式発表で、谷開来は「薄谷開来」と表記されていた。夫の姓を前に並べる名前の呼び方は香港人やシンガポール人など華人には時々見られるが、中国では基本的に見かけない。香港メディアによれば、谷開来は香港に巨額の資産を移転しており、すでに香港人の身分を持っている、つまり香港に移民しているという説がある。そのため、中国の公式発表で薄谷開来という異例の呼び方になったという見方で、確証はないが、なるほどという気もする。

確かに、薄煕来事件の党公式文書となっている4月11日の人民日報の評論でも「一部の腐敗した人間は、海外に不正な財産を移し、秘密裏に外国籍を取得したり二重国籍になったりしている」と言及している点は気になる。また、谷開来の兄弟が香港で20以上もの企業を傘下におさめる大企業を経営しているという事実もある。

谷開来も党長老の薄一波を父に持つ薄煕来と同じ太子党だ。父は、抗日運動の闘士だった谷景生。のちに人民解放軍で初期のロケット開発などにも従事した。しかし、文革で妻が右派と認定されて離婚を拒んだ谷景生も一緒に12年間投獄され、谷開来はろくに学校に通えない苦しい幼少時代を送った。しかし、聡明だった谷開来は北京大学で法律を学び、弁護士資格を取得。元々名前は「谷開萊」だったが、薄煕来と知り合って結婚すると夫と同じ「来」にして、一子を設けた。

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執筆者プロフィール
野嶋剛
野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
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