政治をゼロから考える
政治をゼロから考える(7)

デモは何のためにやるのか

宇野重規
執筆者:宇野重規 2012年10月9日
カテゴリ: 政治
エリア: 日本

質問 「デモとは何のためにやるのですか」


 最近、デモがよく話題になります。首相官邸前における反原発デモの強い印象が醒めやらぬうちに、今度は中国で、尖閣諸島問題をきっかけとする反日デモが起きています。その熱気を見るたびに、何がこのようなデモを突き動かしているのか、そして、このようなデモにはたしてどんな意味があるのかと考えさせられます。
 ある人は、デモとは直接民主主義の現れだといいます。本来、国民の意志を反映すべき議会がその役割をはたしていない(もしくは、そもそも民主的な選挙に基づく議会が存在しない)以上、人々が自らの意志を政治的に表明する機会としてデモの役割は大きいというわけです。
 これに対し、民主主義における意志決定の場はあくまで議会だという人もいます。人々の意見を目に見えるかたちで示すという意味ではデモが有効だとしても、具体的に議論を煮つめていくにはやはり、投票や議会内の討論こそが重要だといいます。
 この両方の意見に、それぞれもっともな部分はあります。とはいえ、デモといっても多様です。筆者の個人的な思い出話を少しさせて下さい。

フランスでみた高校生たちのデモ

 筆者にとって、もっとも記憶に残っているのは、2002年のフランスで起きた反ルペンのデモです。このときフランスで長期の在外研究を行なっていたこともあり、このデモを間近でみる(経験する)ことができました。
 この年、フランスでは大統領選の時期を迎えていました。事前の予測としては、現職のシラク大統領と、社会党の候補であるジョスパン首相による一騎打ちを誰もが想像していました(この当時のフランスはいわゆる「コアビタシオン(文字通りでは「同棲」を意味する)」の状態で、大統領と首相が異なる政党に属していました)。
 ところが、意外なことに、第1回投票でジョスパン候補は敗退し、極右政党国民戦線のルペン候補が、シラク候補とともに決選投票に残ったのです。過激な移民排斥の主張で知られるルペン候補ですから、欧州はもちろん、世界中に大きな衝撃を与えました。治安が悪化するなかでのフランス世論の右旋回という評が多かったように思います。
 とはいえ、フランスにいた際の実感は少し違いました。何よりも、第1回投票の結果が明らかになった直後に、パリの町中で見た光景が印象的でした。人通りの多い、パリの文教地区でしたが、むこうからにぎやかで楽しそうな一群の人々の声が聞こえてきました。近くでみるとどうやら高校生のようです。
 彼ら、彼女ら(女子生徒の方が目につきました)は思い思いに手書きしたプラカードをもっています。「ルペンにノン」、「人種差別を許すな」、「市民よ、投票を」などと読み取れます。すれ違ったときに、あまりに普通の高校生だったのに驚きました。プラカードと、彼らのかけ声がなければ、学園祭のパレードか何かと思ったに違いありません。
 フランス人は政治的な議論が好きな国民です。「政治と宗教の話題は避けた方がいい」とも言いますが、実際には老いも若きもいたるところで政治を語っています。この場合、ほとんどの高校生には投票権はないわけですから、「大人の有権者は、決選投票をしっかり頼んだよ」というところでしょうか。さすが、フランスの高校生だと感心しました。

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執筆者プロフィール
宇野重規
宇野重規 1967年生れ。1996年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。東京大学社会科学研究所教授。専攻は政治思想史、政治哲学。著書に『政治哲学へ―現代フランスとの対話』(東京大学出版会、渋沢・クローデル賞ルイ・ヴィトン特別賞)、『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社、サントリー学芸賞)、『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)、共編著に『希望学[1]』『希望学[4]』(ともに東京大学出版会)などがある。
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