ピンポン外交を演出した2人の中国人と日本人

野嶋剛
執筆者:野嶋剛 2013年2月15日
カテゴリ: スポーツ 政治
エリア: 中国・台湾

中国の卓球元世界王者、荘則棟が72歳で亡くなった。訃報というのは悲しい出来事ではあるが、ジャーナリズムにとっては、一人の人生から改めて多くのことを思い巡らせることができる機会という面もある。

荘則棟は前陣速攻という戦法を武器に当時世界最強だった日本卓球陣を打ち破った。卓球選手の部分以上にその人生は政治に巻き込まれた波瀾万丈のストーリーに満ち、「数奇な人生」という使い古された表現すら荘則棟の人生の前には物足りなく感じる。

1971年に日本で開かれた世界卓球選手権。試合会場を移動する中国チームのバスに、敵対する米国人選手が乗り込んできた。当時の中国は米国人と口を利いただけでスパイ扱いを受ける時代だ。凍り付くバスのなかで、周恩来の「友好第一」という言葉を思い出した荘則棟だけが米国人選手に歩み寄り、杭州産の刺繡をプレゼントした。この出会いがきっかけで米中の交流が始まり、ニクソン訪中につながった――。そんな伝説を残した。

だが、それからの荘則棟の人生の方が面白い。ピンポン外交への貢献を評価されて30代でスポーツ担当大臣に抜擢される華やかな道を歩んだが、文化大革命を主導した4人組の逮捕と同時に失脚。投獄までされ、自殺したとの情報も流れた。その間に妻子にも去られ、どん底に落ちたが、80年秋にコーチとして復活し、少年少女たちに卓球を教えた。

この記事は役に立ちましたか?
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
野嶋剛
野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
comment:2
icon
  • 記事の閲覧、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。
フォーサイトのお申し込み
注目記事ランキング
  • 24時間
  • 1週間
  • f
  • 新着
  • 高評価
  • コメント数順