ブックハンティング・クラシックス
ブックハンティング・クラシックス(12)

「なんでもありの中国人」に幻惑され続けないために

樋泉克夫
執筆者:樋泉克夫 2006年1月号
カテゴリ: 国際 書評
エリア: 中国・台湾

『中国=文化と思想』MY COUNTRY AND MY PEOPLE林語堂著/鋤柄治郎訳講談社学術文庫 1999年刊「靖国・小泉・反日」が日中関係の現在を象徴する三題噺になってしまったが、少しばかり頭を冷やして、日中双方の名もなき庶民がかくも大量に往来している時代が、これまでなかったという現実に立ち返ってみてはどうだろう。 小野妹子の時代からつい最近まで、日中交流は双方の選ばれた者だけが担ってきた。庶民は互いに相手を知ることも考える必要もなく、指導者が指し示す相手の像を鵜呑みにすればよかった。日本では日中戦争時の「暴支膺懲」、中国では毛沢東万能時代の「日本帝国主義・軍国主義の復活」に典型的にみられるように、庶民は時に指導者の奏でる不協和音に踊らされながら、相手のバーチャルな像に向き合ってきたのだ。 昔から日中の関係を「一衣帯水」とか「同文同種」とか表現する。前者は地理的な、後者は言葉や人種の近い間柄を意味するが、実はこれらは近代以降のあるイデオロギーに彩られた政治的記号でしかなく、「日中友好」を経て最近の「政冷経熱」まで、所詮は指導者が作りあげた政治スローガンにすぎない。これまでは日中関係というゲームに双方の庶民がプレーヤーとして関わることがなかったから、それでよかったのだ。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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